CHAPTER 1 : ALLURING GUY 2


っつ……いた……っ!あ……あっ……つ……つちだ…っ!まっ……あっ……ぅ……あぁっ……!

眼下に見える卵のような白い顔が眉間に皺をよせながら、必死に耐えるように歯を食いしばり、そ
うして我慢しきれないように声を上げる。その顔は上気して、汗で前髪が形の良い額に張り付い
ていた。その下の瞳は、時折薄目を開けてこちらの様子を窺い見る。
その潤んだ瞳がやけに色っぽく艶めいていて、つい、腰に力が入ってしまった。

!っああっ……!!!

刹那、その下で必死に自分の肩を掴む男の指に力が入った。苦しそうに喘ぐ声は一層大きくなり、
身体を仰け反らせる。

余裕が無い。
組み敷かれた男の顔に映る表情は決して快楽だけではなさそうで、時折辛そうに眉間に皺を寄
せているというのに、決して自分を離そうとしない。

そうして――自分もまた、離そうとはしなかった。
何度達しても、その直後には体が疼いた。熱を宿し続ける苦しさから、決して解放されなかった。

すまない――頭の片隅ではそう感じていたような気がする。しかし、実際にはあの男に向かって
何度も何度も体を打ちつけていた。

本当に……すまない……





ガバッ

土田は、物凄い勢いで布団を剥いで起き上がった。

――な……何だ今の光景はっ?!今のは一体……!

頭の中で、夢の中に居たはずの自分の声が聞こえたような気がした。


本当に……すまない……かねこ……





土田は電車に揺られながら、今朝見た夢をまた思い出していた。いや、実際には自分から思い返
していた。夢にしてはあまりに生々しい。そして、全く身に覚えがないとは言えない、あの状況。
だからこそ、そう容易く再現することが出来た。ことは先週末、まだ、数日しか時は経っていない
のだから。

――金子……。



金子とは、それまで大学の構内でしか話したことがなかった。それも講義の合間に少し、とか講義
中に一言二言、といった程度だった。
そもそも、自分たちには殆ど接点がなかった。その交友関係も、そうしてこれまで歩んできた道も。

金子は幼稚園の頃から資産家や著名人の子弟しか通わないと言われる都内の有名私立学校を
エスカレーター式に高校まで通い、気まぐれで国立のこの大学を受けたら受かった、という話を人
づてに聞いた。金子の父はかなり資産家らしい。確かに、先週末に初めて訪ねた金子の住むマン
ションは、学生の1人暮らしには贅沢すぎるような高級マンションだった。
金子はとにかく1年次から目立つ男だった。所謂浮ついたタイプの男で、女はとっかえひっかえと
もっぱらの噂であったし、学校の行事など真面目に出たこともなく講義さえもサボりの常習犯で、
たまに出席したと思ったら、よく後ろの方で眠っていた。
そのくせ、何故か成績は常にトップクラスだ。カンニングでテストの点数がいいということではな
く、元々優秀な男らしい。実際、講義中に突然教授に指されても、大抵完璧に近い答えがスラスラ
と出てくる。
確かに、チャラチャラした男ではあるが、匂いたつような品があり、適度に愛想も良い。そして、何
より卒が無い。そんな調子だから、何となく周囲もあの男に対して一目置いているようであった。

一方の自分はと言えば、鹿児島県の山奥の旧家が実家だ。こうして東京に出てみて初めて気が
付いたのだが、家では随分と時代錯誤で厳しい躾け方をされていたようだ。
実家は貧乏という程ではないが、子沢山であったせいか裕福な方ではない。今回の上京も、何も
親元を離れて遊びたかった訳ではなく、この大学の近くに有数の剣道場があったためだ。父が剣
道場を開いていたこともあり、幼少時から厳しく鍛えられ、剣道の腕だけはそれなりであったから、
強くなりたいという気持ちはあった。
それに父親の勧めもあった。
男児たるもの18になればもう一人前。親に頼ることなく自立し、全くの新天地で荒波に揉まれて
みろ、とは父の弁だ。
とはいえ実際のところ、学費と剣道場の稽古代は親のすねをかじっているのだが、家賃や生活費
に関しては何とか日々のアルバイトで賄うことが可能であった。
そんな訳で状況した訳だが――当初は慣れないことばかりであった。
元々あまり愛想が良い方だとは言い難いし、あまり要領も良くない。どうにも適当に流すというこ
とも性格上難しく、口八丁どころか一丁だってないように思う。
だから、上京してきて大学の同級生間でよく起こる軽いノリや、適当に人間関係をさばいていく
東京の空気にはどうにも馴染めなかった。
無論、自分は神経質ではなく――むしろ鈍感だとよく言われる位だ――、別にさほど周囲を気に
する性質ではないのだが、少しばかり周りからは浮いているかもしれない……とは、さほど鋭くは
ない自分でも気がついていた。

そんな中で、金子という存在は特に東京に居ることを意識させられる相手だった。
1年次に取った数学のクラスで初めて会ったあの男は、最初から目立っていた。一方で、自分とは
全く縁のない人間だとも思っていた。
ところが気がついてみると、何故か外国語も、科学も、国語も、と殆どのクラスにあの男は居た。そ
れは2年目に入っても同様だった。確かに同じ学部の専攻ではあるのだが、打ち合わせた訳でも
ないのにこれだけ合うのも珍しい。
そうして、顔を合わせる機会が増えれば自然、多少なりとも挨拶をするようになる。やがて金子は、
時折自分に絡んでくるようになった。決してくどい絡み方ではなかったが、愛想がいいかと思った
ら急に意地悪な事を言い出したり、何か含みのある笑いをしたりする。
もしかしたら、バカにされているのではないか――そう思いもしたが、といって無視される訳でも
ない。どうにも読めない男だった。

金子との関係はそんな状態であったから、いきなり家に招待された時は驚いた。
しかも誕生日だから……と。
金子のような男は、誕生日といえば彼女と過ごしたりするものなのではないだろうか。もしくは、
実家でセレブばかり集まるような豪勢なパーティーを催すとか、そういったことが相応しい気が
した。


「しかし俺なんかが行ってもいいのか」
『勿論。でなきゃ誘わないさ。来るだろう?』


何となく有無を言わせない言い方であったが、特にこれといって予定も無かったから、せっかくの
好意を無碍にするのも気が引けた。だから、つい頷いてしまった。



金子の家は高級マンションの一室だった。1人暮らしだというのに贅沢な広さの2LDKで、場所は賑
やかな駅前を避ける程度には遠いが、不便な程には離れていない閑静な住宅街の中にあった。
無論オートロックで、最新設備の整った部屋だった。

金子の好みも必要なものも、普段まるで付き合いがなかっただけに、まるで想像がつかなかった。
だから、プレゼントの代わりにと鹿児島産の焼酎を一本、渡してみた。

――ああ、ありがとう。
金子はそう言って、うっすら愛想笑いを浮かべた。だが、その後この焼酎を出さなかったから、恐
らく気に入らなかったのだろう。

それから、20畳以上はゆうにあると思われる広いLDKのダイニングテーブルで男2人きり、何故か
ケータリングしたと思われる豪勢な懐石料理を食べた。

「お前は和食が好きなのか」
『いや、まあ嫌いではないが、お前がそうだろうと思ってな』

何やら酷く不思議な言葉を聞いた気がした。
俺に気を使って料理を選んだだと?何故?
自分の誕生日なのだから、自分の好きなものを食べれば良いではないか。それなのに、何故こち
らに配慮したのだろう。ついでに言えば、俺は好き嫌いなどないのだから、何でも良かったのに。

「あー……他の奴はどうした……」
『――来ない』

来ない?
驚いたものの、その意味を問おうにも金子は無表情のまま下を向いて黙々と食べている。まさか、
呼んだけれど誰も来なかった、という意味ではないのだろうとは思ったが、どこかことの真相を
問えない雰囲気を感じて、それ以上は何も言わなかった。

こうして、ポツポツと話をしながら食事を終えた後、リビングのソファに移動して去年まで映画館で
上映されていた映画のDVDを観た。

これまでさほど話したこともない、増して言葉の足らない自分と2人で居て、金子は楽しいのだろ
うか、退屈はしていないのだろうか――そんな思いがよぎった。
今日が本当の誕生日なのか、それとも集まりやすい週末に会を設定しただけなのかは分からな
い。だが、これは一応金子の誕生日の為の集まりのはずだ。
それなのに、自分と2人だけでこんな風に過ごしてしまって、本当にいいのだろうか?

『ワインでも開けるか?』
「ワイン?」
『ああ。まさか知らない訳じゃないよな?』
「知ってはいるが、飲んだことはない」
『へえ、珍しいな。じゃあ試しに飲んでみるか?日本酒は飲めるんだろう?』
「ああ」
『じゃあ大丈夫だな。なかなかいける赤があるんだ』

そんな誘いに乗ってワインを飲み始めた訳だが――金子は巧みというか、よく気が利くというか、
こちらのグラスが空く頃にはすぐに注ぎ足してくれる。だが、元々酒には強いと自負していたから、
自分も注がれるままに飲み続けた。
――記憶が途切れているのはこの辺からだった。





ふいに自分の降りる駅名が視界に入って、急いで電車を降りた。大学への道のりを歩きながらも、
つい周りの人間を横目でみてしまう。

――今日は金子は来るだろうか……?

昨日金子は午前も午後も講義に出席していなかった。
あんなことのあった後だから、実際に顔を合わせるのはどうも居心地が悪い。だが、週明け以降
休んでいるのでは、大丈夫だろうかと気になった。

――まさか、俺のせいだろうか……。

金子の言い方からして、どうやら俺が金子を押し倒したようであった。
今朝のあの夢は、まるでそれを裏付けるかのような生々しい夢だった。否、夢というより、思い出
したという可能性もある。

――やはり俺が金子を襲ったのか……?

自分はそんな人間ではないと信じたい。まして相手は男だ。いや、性別が云々ではない。いくら酔っ
払っていたからといって、同意もなく人を襲うなど言語道断。あり得ない話だ。
金子から説明を受けても、どこかでそう思っていた――だが、今となってはその自信もどこか揺
らいでいた。

そんな時、肩をポンと叩かれた。後ろを振り返ると――そこにはあの男がいた。

「かねこ……」
『?何だ、その顔。俺の事でも考えていたか?』
「!」
何と鋭い男だろう――というより、案外自分は考えている事が顔に出易いのだろうか。

『ふ……図星か。何を考えていた?教えろよ』
「いや、別にお前の事を考えていた訳では……」
『嘘をつくなよ。さあ、何だ?』
「……。金子、今日の授業はドイツ語と化学だけか?」
『は?ああ、そうだが』
「ではその後、話がある。30分くらいで済む。いいか?」
『ふうん?意味深だな。――分かった』

金子は、いつもの金子だった。顔を合わせづらいと思っていたのは、自分だけだったのか。



午後になって、金子と構内で待ち合わせた。

『で?どこに行く?正門前のカフェにでも行くか?』
「いや……出来ればあまり人がいない方がいい」
『……襲う気か?』
「なっ……どうして俺が襲わなきゃならないっ…!」
『冗談だって。そうムキになるなよ』
「!別にムキになってなど……」
『そうか。それじゃあ、そうだな……ついてこいよ』
「?どこへ行く」
『人目につく所は嫌なんだろう?』

金子の後をついていくと、着いた場所は構内にある旧舎の裏庭だった。

『旧校舎は遅い時間のクラスが多いから、この裏庭は昼間は殆どひと気が無いんだ。新しい食堂
もあちらに出来たし、庭で寛ぐにはもう寒い時期だからな』

金子はそういうと、芝生の中に入っていき、冬のやわらかい日差しの中に腰を下ろした。

少し冷たい風が吹き抜ける。
芝生の上に座る金子の清潔そうなシャツやジャケットが風に揺れ、波打っていた。それとともに、
髪の毛が風になびいて、その白い首筋があらわになった。

「?!」
『どうした?座らないのか?』
「あ、いや……その首筋……」
『は?首筋?』

金子が訝しげにこちらを向くと、首筋に手をやった。

「その……」

直接的な言葉は躊躇われて、つい言い淀んだ。

『お前の付けた痕でも見つけたか?』
「?!やはり俺なのか……っ」
『ふ……まあ、座れよ』

だが、特に意識したつもりはなかったにもかかわらず、つい少し離れて座ってしまった。すると、そ
れを見ていた金子が不機嫌そうに眉を吊り上げた。

『何の警戒だ?離れるってことは、自然話も大声ですることになるが、いいのか?』
「あ、いや、それは困る」

それはまずい。
土田は仕方なく隣りに移動した。

『で、話って?』
「ああ……――すまなかった」
『?何だ、いきなり』
「土曜日に、お前の所であったことについてだ」
『――何について謝っているんだ?』
「……俺が無理強いしたのだろう。本当に悪かった」
『……それ以前に、お前は何も覚えていないんだろう?』
「……」
『覚えてもいないのに、ただ謝るのか?それとも、何か心当たりが出来たか?思い出しでもした
か?』
「……思い出したというか、それらしき夢を見た。夢にしては、随分と現実的な感覚だった。それに
お前の話からいっても、俺がお前を襲ったように感じたし」
『いや、ちょっと違うな』
「?違う?」
『――最初にキスしたのは俺だ。押し倒したのはお前だけど』
「!」
『だから、厳密に言えば最初に襲ったのは俺という事だ』

ああ……何だか衝撃のあまり立ち直れない。
やはり、俺が押し倒した訳か。痛いだとか待てだとか言っている金子の言葉を無視してことを進
めたあの夢は、やはり正夢だったのだ。

多少なりとも予想はしていない訳ではなかったが、いざこうもはっきりと言われてしまうと、やは
り衝撃は大きかった。

『気にするな』
「そういう訳にはいかないっ。俺は……俺は、随分と酷いことをした……」
『何言ってるんだ、最初にキスしたのは俺だぞ?お前は酔っ払っていて、何が何だか分からなかっ
たんだから』
「いや、例えお前からキスしたとしてもだ。その後のことは……俺に全て責任がある」



まずいな――金子は密かに舌打ちした。
こうも反省されてしまっては、却って困る。何しろ密かに催淫剤を盛って土田を人為的に興奮状態
にさせたのは自分なのだから。

『気にするなと、当の本人が言ってるじゃないか』
「それでは俺の気がすまない」
『俺は男だ。責任といったって孕む心配もない』
「そういう問題ではない。……俺は己が情けない」
『あー……いや、そうでもないと思うぞ……?』

そんなことをいっては、薬を盛るなどという情けない真似をした俺はどうなるんだ。

「では、昨日休んだのは何故だ?……もしかして、体の調子が良くなかったのではないのか?」
『え?』

それは、確かにそうだ。
体中が、主に臀部が痛かった。歩くたびに鋭い痛みが走るものだから、家で大人しく寝ているしか
なかった。ぬるめに設定したはずの風呂の湯船に浸ろうとした時には、アメリカ人も真っ青のオー
バーリアクションで飛び上がった程だ。

「やはり、そうなのだな。全て俺のせいだ」
『あ、いや、違うぞ?』
「何がどう違うというんだ?!」
『あー……だから、な。あれは自業自得だ』
「自業自得?何故だ。俺のせいではないか」
『だから、誘ったのは俺だから』
「キスのことを言ってるのか?だが、だからといって押し倒していいということはない」
『いや、そうじゃなくて』

何て鈍い奴だ。薬のことはともかく、何故俺がお前にキスをしたのか考えたらどうなんだ。押し倒
されるのが嫌であれば、そんなことをする訳がないじゃないか。

「そうじゃなくて、何だ。かね……」

あんまり煩いから、両手で土田の顔を挟んで、キスしてやった。

「!!!」

本当は無理にでも口を開かせたかったけれど、土田が人の肩を掴んで力づくで体を引き剥がそう
とするものだから、しっかり頭を押さえて無理に唇をくっつけているのが精一杯だった。

――まったく、こいつがシラフだと急に格闘技のようになるのは何故なんだ?
まあ、あの時も違う意味で格闘技のようなものだったが。

「何をするっ!しかもっ……こんな所でっ……!!」

腕に力を入れ続けるのも疲れるから、少しして離してやったら、土田は真っ赤な顔をしていた。

『だから、分かっただろう』
「何をだっ」
『俺は無理に襲われた訳じゃないってこと。でなきゃ、こんなことしないだろう?だから、お前が責
任を感じる必要はない』
「金子……」
『もう、いいだろう』
「金子……1つ聞きたい。お前は、この前といい……どうしてこんなことをする?」
『――さあな。俺にもわからない』
「分からないって……」
『さ、もう用は済んだだろう?俺は帰るからな』

「あ……」


金子はあっさりと立ち上がると、軽やかに背中を見せて、行ってしまった。
確かに一言謝りたかっただけだから、用は終わっている。だが、そう、これは前回も聞きそびれて
いたことなのだが――金子は、嫌じゃなかったのだろうか。どうして黙って抱かれたんだろうか。
あれだけ女性にもてるあの男が、どうして俺なんかにキスをするのか。


――全く……やはりあの男はよく分からない。






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