CHAPTER 1 : HEARTS GONE APART 2


「……そうか。わかった」

土田は低い声で呟いた。その声は、いつもよりさらに低いような気がした。
まだ機嫌が直っていないという証拠なのだろうが、なに、これからその気分も晴れてくるだろう、
と俺は軽く受け流した。

金子は、土田の耳朶から、首筋へと唇を這わせていった。土田はシャワーを浴びたばかりなのか、
石鹸の爽やかな香りがした。やや高めの体温と掛け合わされて発するその匂いは、そこに顔を埋
めていたら眠ってしまいそうな、そんな安心感を与えてくれる。
だが、そんな安穏とした気持ちはすぐに中断された。土田の大きな手が俺のシャツの裾から侵入
して、腰の辺りに触れてきたのだ。その瞬間、身体がビクッとしてしまって、恥ずかしいから鎖骨の
辺りに吸い付いて、土田の動揺を誘ってみた。
だが、いつもは容易く動じるはずの土田が、今日に限ってはちっとも動揺しない。それどころか、
土田は早々に反撃してきた。一方で手を腰から背中へと這わせ、もう一方の手を早急に侵入させ
てきたかと思うと、腹の辺りから腹、胸へと上に向かって撫で上げてきたのだ。

『ん……っ……』

土田の指が胸の先端を掴んだ途端、思わず小さく声が漏れてしまった。
無骨だけど温かい土田の指が先端を弄ぶ。腰の辺りからむずむずとしたもどかしいような感覚が
広がって、身体の中を蠢いている。生まれてくる熱をやり過ごそうと、土田の肩におでこをつけて、
土田の腕を掴んだ。

すると、一息つく間もなく土田は腰の辺りを触っていた手を抜いて、俺の顎を掴んで顔を上げさ
せると口づけられた。

『ん……っ……ふ……』

唇が押し開かれて土田の舌が入ってくると、それを自ら求めた。
ねっとりと絡み合う舌に、意識が身体に与えられる感覚ばかり追うようになって、周りが見えなく
なっていく。その上、土田も日々学習しているのか、俺の弱い所を敢て狙って、撫で上げてきた。

とはいえ、一方的に煽られてばかりいる訳にはいかない。だから、片手を土田の下腹部へと下ろし
た――が、何故か、それは目的地へたどり着かなかった。いや、何故か、じゃない。理由ははっきり
分かっている。
土田がその手を制したからだ。

――???何故止める?

だが、その疑問は長く続かなかった。
土田が、俺の手を制したかと思うと、今度は逆に俺の方に触れてきたからだ。

『んっ……ん……!』

これだけ同時にやられてしまってはさすがに熱くて少々息苦しい。第一、一方的に煽られるなんて、
好みじゃない。俺は何とか土田の体を少し押して、口を解放させた。
だが、土田はちっとも俺を休ませる気はないのか、空いた唇を俺の首筋に這わせてきた。

『あ……あっ……っ』


気のせい――だろうか。
なにやら土田の強い意志を感じる。何だか、ものすごい勢いで追い立てられているような気がす
るのだが……?

「金子――いいかげん話す気にはならないか」

土田が耳元で静かに呟いた。

『……は?』

一瞬、何のことか分からなかった。今働いているのは本能であって、理性ではない。当然、頭の中
で情報と状況が繋がるまでに、たっぷり3秒はかかった。
そうして、やっと気づいた――

そう、土田は最初からそういう気で俺の誘いに乗ったのだ。つまり――コトで俺を追い立てて、白
状させようということだ。
この男は色仕掛けなんかでは誤魔化されはしない。だが、といって言い合っているだけでは俺が
いつまでも口を割らない。こいつの弁才で俺を白状させるのは不可能だ。
だから、考えた。土田も俺同様、あの時方針転換をしたのだ――

俺はムッとした。ムッとしたどころじゃない。自尊心を逆なでにされた気分だった。

――土田のくせに、何て生意気な真似を!俺のテクニックでギブアップさせてみせるとでも言い
たいのか、土田?!大した自信じゃないか!え?!上等だ!そんなに自信があるというなら、見
せてみろ。そのテクとやらを!

今にして思えば、ここで俺は再度方向転換しておくべきだった。だが、この時の俺は完全に頭に
血が上っていた。土田なんかに負けて堪るか、という意地の方が遙かに勝っていたのだ――

『しつこいぞ!話すことなんてない!』
「そうか……まだ話す気にはならないか」
『はぁ?!その言い方はな……っ……あっ……っ!』

今日の土田は一味も二味も違う――どころの話じゃなかった。いや、俺が油断していたのかもし
れない。頭で色々と考えすぎていて、下半身のガードが疎かになりすぎていたのか。
いつの間にベルトやらファスナーやらを外したのか、土田の手が俺の下腹部を直接触ってきた。

『!つっ……つちだ……や……っ』

やめてくれ、と言いかけて急いで口を噤む。
今、こんなことろで、例え本気じゃなくともそんな台詞を口走ったりしたら、ギブアップ宣言をした
も同然だ。

実際、土田はやる気満々だ。この”やる気”は今の場合、色気のあるやる気ではなく、確実に俺を
落としにかかっている。俺を降参させて白状させるという意味で、やる気満々なのだ。でなければ、
いつもの土田はこんなに積極的ではない。

だからこそ、こんな所で負ける訳にはいかないのだ。それなのに――


『んっ……ぅあ……あっ……っ』

――最悪だ。こんな状況でも、快楽の波に、確実に俺の身体は飲み込まれていた。
土田の指が、掌が、俺を擦り上げてくる。だけれど、もう一方の手はまるで宥めるかのように俺の
背中を優しく撫でていた。

一方では容赦ないというのに、背中をさする優しい手がある意味土田らしい。
元々意地悪など似合わない男なのだから――

とはいえ、そろそろそんなことを考える余裕もなくなってきた。何しろ一方的にやられっぱなしな
のだ。一息つく間もない。俺も土田にお返ししてやりたかったが、スタートダッシュで完全に出遅れ
てしまった。
土田の妨害をものともせずに奴の下腹部にたどり着こうにも、もう力が入らない上に、俺が手を伸
ばそうとすると土田は俺をさらに強く擦り上げて、却って自分がさらに追い詰められる始末。立っ
ているのがやっとの状況で、これ以上は無理だった。

――こんな所でこの男の本気具合を知るなんて、洒落にならない。

「金子……」

土田は少々熱のこもった声で、名前を囁いてくる。そして、耳の縁に唇を押し当ててきた。

『!は……んぅ……っ……』

――土田、名前を囁くのは反則だろう!
大体、この男の声で耳元に囁かれると一気に腰に来るのだ。案の定、急激に熱が上がってきた。そ
うして、土田の手も何やら速度が上がってきた。

『つ……つちだ……っ……あっ……あぁっ……ああっ!!』

一気に熱が身体を貫いて、咄嗟に土田の肩を、爪が食い込む程にぎゅっと掴んだ。その瞬間、頭が
真っ白になった。
膝の力が抜けてよろけそうになって、土田の身体に寄りかかる。俺の身体を支える土田の手もま
た、熱かった。だから少しだけ顔を上げて、土田を覗き見る。
目が合った土田の顔は――何故か少々困惑しているように見えた。

もしかしたら、ついらしくもなく意地悪なことをしたものだから、居心地の悪さを感じてるんだろ
うか?そう思うと、可愛い。
……いや、分かっている。土田に可愛いという形容詞はおかしいと。

『土田……』

そんな土田の服に手をかけ、中途半端に引っかかるシャツを脱がせながらキスしようとした。肌を
合わせてしまえば愛しさも募ってくる。こうなれば結局のところ、元のきっかけなどどうでもいい
のだ。俺だけ1人で達してしまったから、きっと土田も辛いだろうと思って、今度は俺がイかせて
やろうと思った。そんなちょっとした優しさと、余裕すら感じ始めていた。
それなのに――

「金子……あの葉書だが……」

――まったく、この男は!
土田の一言で、つい今しがたまでの寛容な気持ちが消え去った。土田は未ださっきのバースデー
カードなどに拘っているのだ。雰囲気も何もあったもんじゃないとは正にこのことだ。
元々そんなものをこの男に求める方が間違っているのかもしれないが、まさかここまで場の空気
の読めないヤツだったとは!大体誕生日が何だと言うんだ!100万歩譲歩して、そのことにあく
まで拘り、また問い詰めたいと思ったとしよう。だが、そんな話題は今ではなく、コトの後にすれば
いいではないか。
まさかこんな姿で、1度手で達した位で、俺が口を割るとでも思っているのか?それって俺に対し
てかなり失礼じゃないか?!

『くどい!お前に話す事なんてないって言ってるだろう!』

相変わらずの土田の鈍感具合に腹が立ったので、つい口調が厳しくなった。もう知るものかと思っ
て土田の胸を押して突き飛ばそうとした――が、俺は土田の身体から離れられなかった。土田は
しっかりと俺の腕を掴んでいた。

「――そうか。あくまで言い張るのだな」
『え……?』

先程までの少々可愛らしささえ感じた困惑顔はどこへやら、土田はまた元の強面に戻っていた。
いや、むしろさっきよりもさらにムッとしているような……?

――もしかして、俺の想像以上に土田は怒っているのか?


『!っうあっ……』
急にくるりと身体を半回転させられ、後ろ向きにされた。
『ま、まてっ……!おいっ……っあっ!』

土田が、今度は背後から下腹部を触ってきた。その手は最早何の遠慮もなく、しっかりと握りこん
でくる。先程達したばかりだというのに、すぐにまた、しかも直接的に刺激を与えられるのは辛い。
未だ感覚が正常に戻らない内にそんなコトをされては、堪らない。
少しでもそこから逃れたかった。身体を支える何かが欲しかった。
だから、ダイニングテーブルの方に手を伸ばした、その時――

何故か、土田が下腹部を触る手を離して後ろからぎゅっと、強すぎる位に抱き締めてきた。

『……?!』

びっくりした。こんなことをされるなんて、想像もしなかったから。
土田は無言だった。背中に貼り付く土田の身体が、信じられない位熱い。あんなに冷静そうに見え
た男が、こんなにも熱い身体をしていたことが驚きだった。身体を完全に密着して、初めて土田の
鼓動が自分と同じく早まっていたことに気づいた。
それに気づいたら、痛い位に力強く抱き締められていることも重なって、急激に熱くなってきた。
熱すぎて、息が苦しい。乱れる呼吸が、目眩さえ誘いそうだ。

『んっ……つちだ……っ』

項の辺りに押しつけられる、土田の唇の感触。抱き締められた腕の中で、口付けられる度に、どんど
ん力が抜けていった。
そんな中で、言葉はともかく、土田も俺を白状させる為だけにこんなことをしている訳じゃなかっ
たのだと気がついた。いや、最初の目的がそうでも、今は違うと、こうして身体をくっつけていれ
ば分かる。
何度身体を合わせてみても、やっぱり土田の熱を感じた時はぞくぞくして、心臓が高鳴って、どこ
か逃げ出したい程に恥ずかしい思いをして――それでも、触れてくるこの男の全てが嬉しい。

『あっ……!』

後ろから首筋を舌で舐められて、思わず膝の力ががくんと抜けた。
力を込めるのが間に合わなかったのか、土田も俺を抱き締めたまま一緒に床に膝をついた。

もう駄目だと思った。
いや、誕生日についての話じゃなく――もう、ただどうしようもなくこの男が欲しい。
思えば、土田に特別なテクニックなんて必要ないのだ。悔しいことに、俺はただ、それが土田でさ
えあれば、どんなに拙かったとしても、どうしようもなく熱くなってしまうのだ――

『つ……つちだ……早く……』
「え……?」
『もう、いいからっ……早く、しろ』

――ある意味、ギブアップ宣言かもしれない。でも、もう我慢の限界だった。



土田、お前が好きだ――心の中では何度もその言葉が形になっているのに、こんな時は堪らず口
から出てしまいそうになるのに、それでも未だ言ったことのない、言えない一言。言葉なんかに大
した意味などないと自分に言い聞かせながらも、それを言うには自分は臆病すぎるのかもしれな
いと、頭のどこかで自覚する、あまりに厄介な、その短いセンテンス。

土田、好きだ――

この男に貫かれると、俺は熱に浮されたように心の中だけでその言葉を何度も呟いた。





なんだかんだ言って、コトの最中はいつもに増して熱を分かち合ったのに、互いの存在を強く確認
したはずなのに……
それなのに、果てた後は――ああ、俺達ってホントに……


「金子……そろそろ白状しないか」
『しつこいにも程があるだろう!だから白状することなんてないっ!!』
「そうか……やはり未だ懲りないというのだな」
『はぁ?!』
カーン←第3ラウンド開始のゴングの音

〜略〜

『お前こそ……いい加減忘れろよっ』
「――わすれない」
カーン←第4ラウンド……以下略

〜略〜

「金子……ギブアップしないのか」
『それは……お前だろ……』
カーン←以下略

〜略〜

「……もういい加減に……」
『はぁ……はぁ……お前……こそ……』
カーン←以下……

〜略〜

『つ……つちだ……』
「……」
……

――無言か?!もう白状するかどうかの確認も不要なのか?!しかも未だやるか?!

〜略……〜



俺は、激しく後悔した。
そう、この男は一事が万事、融通が利かないのだ。色仕掛けに乗るどころか、例え頭に銃を突きつ
けたって初志貫徹する――土田という男はそういう奴なのだ。
それが分からない俺じゃなかったはずなのに……ああ、全く、俺は一体何をしているんだか……

金子の長い夜は未だ当分明けそうになかった――





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