CHAPTER 1 : RUN & TUMBLE IN DECEMBER 2a


酒は、嫌いではない――というより、むしろ好きな方だ。
ワインは悪酔するので、今後外では口にするまいと固く誓っているが、それ以外の酒類は基本的
に平気だし、飲めば気分は多少高揚するものの、それ以上に酔っ払うことはない。だから、酒を飲
む集まりというのも、嫌いではなかった。
気の合う仲間同士と胸襟を開いて夜通し語り合うというのは、何とはなく、楽しいものだ。
何というか、それは学生らしいという気もするし――というか何やら潜在意識が、そんな昭和の
香りを好ましいと感じているような気がする。何故そこで昭和なのかは、分からない。確かに一応
は昭和生まれだが、自分に物心がつく前に時代は平成になっている。だから、この潜在意識の、昭
和への拘りは全くの疑問なのだが。

それはともかく、飲む集まりに誘われた以上、特に断る理由はなかった。何しろ誘ってきたのは金
子だし、ましてそれが「忘年会」ともなれば尚更――そう思ったから、剣道の年内最後の稽古があ
る日ではあったが、土田は承諾した。
こうして稽古を終え、一度家に戻ってシャワーと着替えを済ませると、予め聞いていた居酒屋に
向かった。金子は既に他の友人達と飲み始めている頃合だろう――


だが、店についた土田は、店の前で一瞬首を捻った。
聞いていた店の名前が和風だったから、てっきり和食系の安い居酒屋だろうと思っていたのに、
着いてみると随分お洒落な店構えだ。確かに和のテイストだが、それは居酒屋というよりは、女性
の好みそうな癒し系のカフェバーのように見える。忘年会と言えば、普通は少々騒がしい店が定
番なんじゃないのだろうかと思いつつも、とりあえず店に入る。
確かに和紙を使った少々暗めの照明や、板の間のような造りを個室に見立てたテーブル席など、
本当の意味での和ではないが、和風ではある。だが、どう見ても仲間同士でわいわいと騒ぐとい
うような雰囲気ではない。

――一体何故こんな場所で?大学の友達と忘年会、と聞いたのは聞き間違いだったのか?

とにもかくにも店員に尋ねて、土田は店の奥の方のテーブル席へと向かう。
そこに、確かに金子は居た。金子を含めて、そこには7人程座っている。その内2人は金子の友人だ。
いくつか自分も同じ科目を取っているから、友達ではなくとも知り合いではある。そこまでは良し
としよう。何しろ金子が誘ってきた忘年会なのだから、金子の友達が主な面子であるのは当然だ。
問題は残りの4人だ。4人は土田が全く見たこともない――女性達だった。

『ああ、土田。今始まったばかりだ』
席の手前の方に座っていた金子が、人の気配に気づいたのか顔をこちらに向けて、声をかける。

「――ああ」
返事はしたものの、何だか腑に落ちなかった。

――一体何の集まりなのだ?本当に忘年会なのか?
とりあえず空いている一番手前の席に座ったものの、そこは金子の正面だ。これでは、今日の会
の主旨を密かに聞くことも出来なかった。
そんな折、隣席に座る女性が空いているグラスにビールを注いで、自分に渡してくる。

「はい、どうぞ」
「あ、ああ……すまない」

恐らく同年位だろう。自分から見ると少々派手だと思えるが、顔はなかなか可愛い。そんな女性
に笑顔で手渡されれば、受け取らない道理はない。

『さあ、せっかく揃ったのだから、そうだ、土田乾杯の音頭をとれよ』

自分が一息つく間もなく、突然金子が話を振ってきた。

「は……?」
『気の利いた挨拶の1つでもしてくれるんだろう?』

金子は少々意地の悪そうな顔で笑う。

――一体何なのだ……。

何が何だかさっぱり分からない。だが、全員の視線がしっかり自分に集まってしまった以上、黙っ
ている訳にもいかない。こんな時、自分には気の利いた言葉など絶対浮かばないこと位、金子は
百も承知だろうにと思う。

「……すまんが、何も思い浮かばん。だから、乾杯」
『おいおい、そうきたか。しかも愛想もない。そんな仏頂面では、乾杯というより合掌と言われた方
が素直に頷けるな』
「はははっ、それいいな、皆で酒持って合掌。どうよ、それ?ていうか、何の集まりなんだって!」
「や〜だ、金子くん!」

何だかよく分からないが、金子のつっこみで場は盛り上がったようだ。自分は馬鹿にされたよう
な気もするが。

――それにしても……彼女達は一体誰なのだ?金子の友達なのか?

土田は注がれたビールに口を付けながら考えた。少なくとも大学では見かけたことがない。いや、
同級の人間をいちいち覚えている訳ではないが、少なくとも大学内での金子の知り合いは、殆ど
知っている。何しろ専攻も同じでほぼ全て同じ科目を取っているのだから。
そう思って金子の方をチラリと見てみると、金子は自分の隣席に座るスレンダーな美人系の女性
と楽しそうに話していた。
やはり、自分は知らなくとも金子の友達なのかもしれない。となれば、邪険にする訳にもいかない
だろう。

「ねえ、土田くん」
「?」

いきなり名前を呼ばれて顔を上げてみれば、先ほどビールを注いでくれた隣りの女性がこちらを
向いている。

「土田くんて言うんだよね。金子くんの友達?」
「え?ああ……」
「ふうん。何か、意外だよね」
「意外?」
「だって2人、全然タイプ違う感じ」
「……そうか。確かに、そうだな」

それには充分な自覚がある。そもそも、自分達はついこの間まで単なる同級の顔見知りでしかな
かった。友人ですらなかったのだ。話が合う訳でもないし、共通の趣味がある訳でもない。それは
今でもそうだ。共通して好きなものと言えば飲酒、それに食べ物の味の好みが似ていること位で、
共通していない部分の方が遥かに多い。自分はアウトドアだし金子はインドア。自分は早起きが得
意だが金子が得意なのは夜更かしだ。金子の好きな小説も音楽も、自分にはよく分からないし、
一方の金子は自分の好きなものには興味がない――こうして考えてみると、自分達の共同生活
が案外と上手く行っているのは、不思議とさえ思える。

「――て、考え込んじゃってるよ」

隣の女性の言葉に、土田はハッと我に帰った。

「すまない」
「もしかして、飲み会とか好きじゃなかったり?」
「いや――嫌いではない」
「そう?いつもそんな感じ?」
「そんな感じ、とは」
「え?だから、何かよく分かんないけど、近寄りがたい雰囲気?」
「あぁ、すまん。周りから、よくそう言われる。そんなつもりはないんだが……」
「へえー、自覚なし?じゃあ、ちょっと笑ってみよー!」
「は?」
「ほら、笑って笑って。笑顔だよ!」
「……」
「――て、今度は悩んじゃってるよ」

女性は自分の肩をポンと叩くと、屈託なく笑っていた。

――人の笑顔を見るのは、いいものだな。

土田は何となく、それを微笑ましく思った。

「そう!それだよ!その笑顔だよ!やればできんじゃん!」
「は……?」
「いいから!そこは考え込まなくていいところだから!そのままの気持ちをキープだよ!さ、か
んぱーい!」

――何と言うか……確かにこういうのは、新鮮、かもしれない。

未だにこれがどんな集まりなのかよく分からないが、まあ来てしまった以上仕方がない、と土田は
思い始めていた――





――ていうか、何そこで意外といい雰囲気を醸し出してるんだ、土田!

瞬間的に、金子のワイングラスを掴む指に力が入った。勿論、隣りに居るスレンダー美人の話は聞
いている。いや、正確に言うと、半分だけ聞いて、あとは上手く相槌を打っている。後の半分はど
こに意識が行っているかといえば――それは当然、自分の正面の方向だった。
土田の座る場所は確かに自分の正面ではあるが、8人掛けの大テーブルだから、そんなに近い訳
ではない。耳をそばだてていても、周囲の騒音もあるから話していることの半分位しか聞こえな
い。
そんな時、土田の隣りに座る女の子――しかもそれなりに可愛い――が笑いながら土田の肩を叩
いた。一体何を話しているのかと視線を向ければ、何とあの土田が微笑んでいるではないか!
優しい目をして、微かに口角を上げて――決して派手さや華やかさはないが、それは地味に、だ
けれどかなり好感の持てる笑顔である。そんな表情を、土田はあっさりと隣りの女の子に向けてい
るのだ。

金子は、おつまみの皿を土田の顔に投げつけてやろうかと思った――



土田を今日の飲み会に誘ったのは自分だ。だが、会の主催は自分ではない。自分もまた、友達に
誘われた。メンツが足りないから頼む、と。
そう、この飲み会は忘年会などでは当然ない。これはコンパなのだ。忘年会、と土田に言ったのは、
素直に言えば土田は断ると思ったからだ。土田は周囲に対してあまり垣根を作る性質ではないが、
コンパだとかそういう類のものは苦手だ。だが、自分だけがコンパに行くのは、何だか後ろめた
かった。普通の飲み会であれば女の子が何人いようと一向に構わないのだが、コンパとは正しく、
ナンパ。いや、駄洒落を言っている場合じゃないが、当然いい人が居ればお持ち帰り位の勢いな
のは、これ位の年齢の男としては当たり前だろう。だから、別に女の子とどうにかなるつもりがな
くとも、今の自分には何だか居心地が悪い。
そういうことに関して自分はさほど堅物ではないと思っていただけに、ただ誘われたコンパに行
くというだけで多少なりとも後ろめたさを感じるなど、我ながら意外だったが、事実そうなのだか
ら、言い訳のしようがない。だが、土田を誘った理由はそれ以外にもある。
それは、土田なら大丈夫だろう、という安心感からだった。土田は同級の女の子とも普段殆ど話を
しない。正に硬派な体育系の男なのだ。だから、きっと連れて行った所で無愛想に座って、静かに
飲み食いしているだけだろうと想像していた。まかり間違っても、自分がヤキモキするようなこと
にはならないだろう、と。

だが、自分は甘かったのだ。土田は確かに無愛想な男だが、顔の造作は悪くない。いや、むしろ案
外整っている。しかも、普段ごついナリだのなんだのと土田には言っているが、それは単に自分と
比べたら、という話であって、実際にはさほどごつい訳ではない。むしろ無駄な贅肉1つない、水泳
選手的体型なのだ。つまり――近寄り難い無愛想、という点さえ無視してしまえば、土田は外見的
に、女の子にもてても不思議はない。しかも、そんな男が先ほどのように表情を崩せば、普段が強
面なだけに好感度は大幅にUPする。さらに言ってしまえば、中身だって救い難い程の鈍感さにさ
え目をつぶれば、土田は真面目だし正直だし優しいし、しかも意外とマメで……て、ああ、何だか、
考えれば考えるほどドツボにはまってくるじゃないか……!


「――ねえ、聞いてる?」

隣のスレンダー美人の言葉に金子はハッとした。気が付いたら、すっかり考え込んでしまっていた。
だが、ここで正直に聞いていなかったことを認めて謝るような――土田のような――愚直さでは
世の中をスマートには渡っていけない、というものだ。だから、金子はすぐさま笑顔を作った。

「ああ、ごめん。話を、というより段々その声に意識が行っていた」
「え?」
「いや、癒し系の声だなと思って」
「え、ホント?何だか、冗談でも嬉しいな」
「冗談で言ったつもりはないんだけどな」
「えー……嬉しいな。有難う」

スレンダー美人の顔に笑顔が戻ったところで、金子はホッと胸を撫で下ろした。

――全く俺としたことが……土田なんかに気を取られて、危うくみっともない状況になるところ
だった。

何も彼女に対して特別な感情がある訳ではないが、やはりコンパの席で女の子を退屈させるよう
な真似は出来ない。まして女の子に呆れられて、場がシラけるなどもっての外だ。そう考えれば、
正面席の土田に気を取られている場合ではない。

だが……どうしても気になってしまうのだ。
それは、案外と土田が上手く女の子と話していることに起因する。土田は、てっきり女の子が苦手
な方だと思っていた。いや、前に一度聞いた時の雰囲気では、はっきりとは答えなかったものの、
女の子との経験はあるようだ。だから、全く免疫がないなどとは思っていない。だが、だからといっ
てすぐに得意、という方に直結する訳ではない。
そういう意味で、土田は普段の態度からいって苦手なのだろうと想像していた。何しろ口数は少
ないし、見かけは強面だし、背が高くて体格が良いから多少威圧感もある。女の子は近寄り難い。
しかも、土田自体がそのことを踏まえて愛想良くしている訳でも、積極的に話しかける方でもない
から、自然女の子達との距離は遠くなる。それはつまり、女の子とあまり縁がない、ということだ。
だから、コンパなどという席でもその法則は当てはまるだろうと思っていた。1人ぽつんとしてい
る所を、自分がからかう――正にそんな状況をイメージしていた。
それなのに……。
確かに得意ではなくとも、土田は今、案外といい雰囲気で話している。いや、相手の女の子が巧み
なのかもしれないが、それでも意外とすんなり隣りの女の子と打ち解けているのは確かだ。勿論、
土田という男は例え言い方がぶっきらぼうであってもその実優しいから、不思議はない。だけれ
ど、何だか納得がいかない。
そんな密かなあの男の良さに気づくのは、自分位だと思っていたのに――

『ちょっと失礼……』

そういって煙草を取り出し、火を点けながらさりげなく又土田を盗み見て、思わず眉間に皺がよる。
笑顔で土田を構う女の子と、馬鹿真面目に女の子の質問に答えつつもまんざらでもなさそう(に
見える)土田――なかなかどうして、先ほどからいい雰囲気ではないか。

――面白くない。

金子の心は、正に火の付いた煙草よろしく妙に熱くなっていた。

――正面の女から奪ってやろうか。それとも、こちらも対抗して、このスレンダー美人とどうにか
なってみようか。いや、いっそ正面の女を俺が奪うというのはどうだろう?

そうして、火の付いた金子の心は、何だか邪まな方向に傾いていくのだった……





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