CHAPTER 1 : RUN & TUMBLE IN DECEMBER 2b


――これは一種の賭けだ。

金子はそう思った。
スレンダー美人の話を聞き、時々的を得た受け答えをしつつ、尚且つ土田と女の子の間を邪魔を
するのは至難の業だ。手持ちの選択肢は少ない。だが、猶予はもうあまりなかった――


「土田くんてTVの時代劇とか好き?」
「そうだな、嫌いではない」
「やっぱりぃ?最後に正義は勝つとか好きかな、と思って。でも確かに見てて気分が晴れるよね!
じゃあ映画は洋画と邦画だったら、邦画派?」
「――ああ。字幕を読んでいては、どうも映画を観ている気がしない」
「あー、そうだよね。字ばっかり追っちゃって、あんまりスクリーン観る暇ないかも。じゃあさー……」


金子は涼しい顔をしながら、力強く煙草を灰皿に押し付ける。

あまり……ではなく、もう一刻の猶予もない――金子は覚悟を決めた。
このまま放置していては、下手をすると一緒に映画を観に行く約束までしそうな勢いだ。人の好
い土田のことだ。もし一度は断れても、悲しそうな女の子の顔に罪悪感を感じて、うっかり二度目
の誘いには頷かないとも限らない。当然そんな事態を、目の前に居て見過ごす訳にはいかない。
男なら、賭けに出るべきだろう。たとえそれがハイリスクであっても、やはり男は落とし所を間違え
てはいけない。

いずれにしろ、どうせリスクを負うのは――当然、自分のリスクは回避するよう計算済みだ――土
田なのだから。



『土田、話の途中で悪いんだけど……』
「?何だ」

土田が漸く自分の顔を見た。

『これ、飲んでくれないか』
「は?」
『いや、間違えて違うカクテルを頼んでしまった。お前はザルだからいくら飲んでも平気だろうが、俺はそろ
そろ軽めのヤツにしておこうと思ってな。だから――』
「そうか。分かった」
『悪いな、土田』

土田はあっさりと俺の差し出すカクテルを受け取る。当然俺の笑顔に怪しい……じゃなくて、やま
しいところはない。様子を見ていると、土田は間もなくそのカクテルに口を付けた。そうして――
微妙に訝しい顔をして、さらに一口二口飲む。土田の眉間には完全に皺が寄った。

「金子……」
『どうした?土田。それ、不味かったか?』
「いや、そうではないんだが……味が……」
『ラムベースは口に合わなかったか?』
「らむべーす?」

土田はラムベースのカクテルを知らない――正に予想通りだ。

『ああ。ラム酒がベースのカクテルだ。多少癖はあるが、慣れれば美味しいと思うんだけどな……』
「いや……一瞬ワインかと思ってな」
『ワイン?まさか。ワインベースならお前になど頼まないさ』
「……それもそうだな」
『別に、無理はしなくていいぞ。あくまで勿体無いと思ったというだけだからな』
「いや、ワインでないのならいい」

疑念の晴れた土田は、見ていて清清しい位に潔く、カクテルを早いペースで飲んでいった。

――ああ、全くここまでキレイに思惑にはまってくれると、いっそ感謝の気持ちを込めて、あいつ
の唇にキスしてやりたい位だな。

金子は陰謀めいた……じゃなくて、心温まる目で土田を見つめた。

ラムの味を知らない土田。勿体無いと言われれば、食べ物を粗末に出来ない土田――ここまで来
れば、誰でも金子の企みは想像がつきそうなものだ。ただ1人、肝心の土田を除いては。





「それでね、そのボロい映画館なんだけど、エレベーターがないんだけど、それだけじゃなくって、
さらに……土田くん……?」
「……」
「土田くん?聞いてる?」
「……あ、ああ」

そんな会話を耳にして、金子は土田の方に顔を向けた。
土田は少々眠そうな顔をして、脱力したようにテーブルの上で空のグラスを握ったまま、ぼーっと
している。

――そろそろきたか……
正面の方に意識を半分向けつつ、会話をしっかりと聞いていた金子は、思惑通りにことが運んだと
確信する。

土田は普段焼酎や日本酒を好む男だ。ラム酒をベースにした甘めのカクテルなど、絶対に飲んだ
ことがないはずだと踏んだ。案の定、土田はラムベースのカクテルだと言われて素直にそれを信
じ込み、飲み干した。あまり人を疑うことをしない男だ。例え自分の味覚が、これはワインではない
かと訴えてきても、そうではないと真面目な顔で諭されれば、そうなのかとあっさり引き下がっ
てしまう。

その結果が――これだ。

全く、そう簡単に騙されてもいいのか、土田?と騙した自分のことを棚に上げて考えてしまうが、
まあ今回の場合は素直に騙されてくれた方が有り難い。でなければ、他にも色々と手段を考えな
ければならなかっただろうから。

ワインベースの上に、自分のワインさえも少々追加しておいたカクテルを見事に飲み干した土田
は、どうやらいい具合に酔っ払ってきたようだ。こうなれば、土田との会話は少々困難になってく
るはずだ。どんなに一生懸命話しかけて質問してみたところで、返事はあまり期待できない。つま
り、隣りの女の子との会話にも支障を来すはず――金子の思惑はそこにあった。
ぼーっとして、話もロクロク聞いていないとなれば、女の子だってとりあえず会話をつづけること
は諦めて、暫くは様子見に入るだろう。そうこうする内に時間がくれば、自分は土田が酔っている
ということを口実にして土田を連れて帰れる。これ以上女の子が土田に期待しない内に、土田が
何だかんだと断りきれずに女の子の誘いに乗る前に、幕引きをする。
やり方としては少々姑息だが、これなら誰も傷つかずに、悪者にならずに済むではないかと、金子
は自負していた。

――あとは、土田が酔ったのだということを、一応彼女の前で確認しておけばいいだろう。

『おい、つ……』

「土田くん?!大丈夫?気分悪いの?」

全て思惑通り――のはずの金子の声が、あっさり遮られた。
一瞬目を見開いた金子を尻目に、ぼーっとしていた土田がゆっくりと顔を上げる。そしてその目は
――自分ではなく、女の子の姿を捕らえた。確かに自分の声は遮られたから、今土田に話しかけて
いるのは隣りの女の子だ。だから、土田の反応は正しい。だが、今は反応が正常かどうかの話をし
ている訳ではない。

「何か、ダルそうだよ?もしかして、このカクテルのせいで気持ち悪いの?」

――おい、それじゃあ俺が悪いみたいじゃないか!

確かに悪いのだが、そういう問題じゃあない。今、金子の心は完全に隣りの女の子と同一線上に
立っているような気持ちになっていた。

「……土田くん?」

少々可愛く首を傾げる隣りの女の子。そうして、理解しているのかいないのか、ぼーっとしたまま
女の子を見つめる土田……ちょっと待て。
この光景、どこかで見たことがなかったか?見つめる土田の次の行動と言えば……?!

『つ、土田っ!』

金子は思わず椅子から立ち上がった。

一斉に集まる視線の中――金子の目には土田の姿しか映っていなかった。その土田がゆっくりと
顔を上げて、自分を見つめる。

――ああ、やはりこの顔だ!突然俺を抱き締めて、キスして、そしてそのまま押し倒した、あの時
の……!

金子は何やら瞬間的に顔が熱くなった気がした。

『土田、お前酔っぱらって気分が悪いんだろう?!さあ、遠慮するなよ!』

とにかく土田を彼女から引き離さなければいけない。ついでに言うと、顔が赤くなってるんじゃな
いかと自覚があるから、自分もこの場から逃げ出したい。そう思って、立った勢いでテーブルを周
ると土田の腕を引っ張り、席から立たせた。そうして、呆気に取られる周囲の視線には敢えて気づ
かないフリをして、土田の腕を掴んだまま歩いていった。

「かね……こ……?」

店の入口の傍の通路を通って、それぞれが洒落た個室になっているトイレの1つに土田を押し込
み、そのまま自分も入ると、急いでドアを閉めた。個室といっても洗面台もついているから、大の男
が2人入ってもさほど狭い感じはしない。

『おい、酔っ払ってるのか?!』

確かに土田を酔わせることが目的だったが、何もワインをストレートで飲ませた訳じゃない。ワイン
で割ったカクテル一杯だけだ。だから、まさかここまで酔うとは思ってもみなかった。

「……少し……」
『少し、じゃないだろう!お前、まさか隣りのあの子に変な気を起こしたんじゃないだろうな!』
「は……?」
『明らかに怪しい雰囲気であの子を見つめてたじゃないか!』
「……そんなつもりは……」
『ないとは言わせないからな!あの時だって、お前はああいう顔をしてたんだ!』
「あの時……?」
『だから、お前が遅く帰ってきて……その、俺を押し倒したあの日だ!』
「……ああ……」
『ああ、じゃないだろう!大体お前は無防備すぎる!』

いや、金子も分かってはいた。この場合、確かに土田は自分に対しては無防備だった。だからこそ
ワインの味がするにも関わらず、あっけなく騙されてカクテルを飲んだ。だが金子が今ここで言っ
ているのは、女の子に対しての話だ。
もし土田が酔っ払って彼女にキスでもしようとしていたのなら、無防備なのは土田ではなく、女の
子だ。
にも関わらず、土田を無防備だと責めるのは――どうやら金子は、土田が女の子の熱い視線に流
されそうになっていたのだと、決め付けているようだった。

「金子……少し、落ち着け」
『俺は落ち着いている!』

明らかにいつもよりテンションが高くなっているが、金子には自覚がなかった。

「金子……俺はそんなに酔ってはいない」
『嘘をつくな!そんな赤い顔して、潤んだ目をして、どこが酔っていないというんだ?!ああ……
全く、お前ときたらあの時と同じことを彼女にしそうになっていたのかと思うと、恐ろしくて迂闊
に席にも戻れやしない……!』
「……あのな……俺は彼女に何かをするつもりなど全く……」
『今更そんな言葉が信用出来るか!いくら悪酔したからといって、そんな誰彼構わずなんて……
そりゃあ彼女はお前に気があったかもしれないが――……!』

唐突に言葉が続けられなくなって、金子は目を丸くした。
気がついたら、土田の唇に口を塞がれていた。

『!!』
「……――俺はそこまで酔っていない。仮に悪酔していたとしても――彼女にこんなことをする
気はない」
『……?!』

金子はその言葉を、今自分は物凄く都合のいい様に解釈してしまったんじゃないかと思って、頭の
中で整理し始めた。

IF+土田の悪酔い?⇒彼女にはこんな事、キスはしない?=土田は実際は酔っていない⇒でも今、
自分にはキスをする?

つまり、自分は特別?……いやいやいや、そこまでは導けないだろう。
ならば、慣れで?……いや、俺には慣れてるからキスできるんじゃ、まるで日常生活の一環レベル
の扱いじゃないか。

そんな風にいつまでも考え込んでいたら、土田に再度唇を塞がれた。唇を塞がれただけじゃなく、
口をこじ開けられて、舌が触れ合った。

『ふ……ン……!!』

ジワリと舌から頭にかけて熱が広がってきて、思わず金子は土田の腕を掴んだ。

僅かに離れた土田が、まだ顔を間近に近づけたままで呟いた。

「――こんなこと、誰彼構わずする訳がない」
『!!!』

先程ごちゃごちゃと考え込んでいたことの答えが、まるでとどめのように突き刺さった。

金子は、色んな意味で急激に恥ずかしくなった。もしかしたら自分の顔は今、一分の隙もなく赤で
埋め尽くされているかもしれないと思ったら、横を向いて洗面台の鏡を覗く勇気もなかった。





――妙な長さの空白の時間の後、2人は席に戻った。

『いやー、土田が気分が悪いというからトイレに連れて行ったんだがな、ぐたっとしてそのまま殆
ど動けなくなったものだから、大変だったんだ。冷たい水やらお絞りやら取りに行ったり、背中をさ
すってたりして……恐らく剣道の最終稽古で疲れていて、だから珍しく酔っ払ったんだろうけど、
こんな大男だから介抱するのにも少々体力が必要だな。あれは、女の子では無理だっただろう。
どちらにしろ、それでは土田も緊張するだろうし。それにしても、土田も自分のガタイを考えてか
ら酔ってくれないと困るな。お陰で俺までクタクタだ』


どうしたんだと皆から問われた金子は、得意の饒舌で答えた。その台詞はスラスラとごく自然に
金子の口から出てきて、しかも状況的に何の矛盾もなかったから、誰もが戻ってくる時間が遅かっ
たことも含めて、納得せざるを得なかった。

だが、もしかしたらほんの少し、違う何かを感じる人も居たかもしれない。

何しろクタクタだと不満を述べる金子は妙に機嫌がよく、先ほどまでグタっていたはずの土田の
顔はすっきりしていたのだから――




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