CHAPTER 1 : RUN & TUMBLE IN DECEMBER 2-extra


『ふ……んぅ……』

互いの舌を絡め合うと、ジワリと舌から頭にかけて熱が広がってきて、思わず金子が土田の腕を
掴む。僅かに離れると、まだ顔を間近に近づけたままで土田は呟いた。

「――こんなこと、誰彼構わずする訳がない」

そういうと、金子の顔は、まるで乳白色の水に赤い絵の具でも落したように、急激に赤く染まった。




席で飲んでいた最中に、何度か金子の方をチラリと見た。
時折ワインを飲みながら煙草を燻らし、それでも隣りに居る女性の方に煙草の煙がいかないよう
にと気遣いながら、適度な笑みを浮かべて話の相槌を打つ――自分以外の人間にはよく見せる、
ソツのない社交的な姿だ。その洗練された仕草は、隣りに座る美しい女性とお似合いに見えた。
そんな金子が、自分と目が合うと何故か妙に冷めた目をする。金子が不機嫌になるようなことを、
自分は何かしただろうかと考えてみるものの、皆目見当がつかない。隣りの女性に見せる表情と
は正反対の、何か嫌気を帯びた顔――だが、少々距離のある正面の席では、その理由を問うこと
は出来なかった。

カクテルを手渡してきた時、金子はいつもの金子に戻っていた。だから、不機嫌は自分の思い過ご
しだったのだろうと思った。渡されたカクテルは決して好みの味ではなかったが、金子が自分な
らばと思って渡してきたものだ。殆ど手もつけないのでは、店にも申し訳ない。飲めない程のもの
ではないのだからと思い、全て飲み干した。

頭が少しぼーっとすると気づいたのは、飲み干した後だった。だが、少々の疲労と暑さを感じた
外には特に酔ったという自覚はなく、勿論意識もしっかりしていた。
疲労は、恐らくお酒のせいだけではないだろう。剣道の稽古後で少々疲れていたせいもあったが、
それよりもこの不慣れな状況に気も張っていたのだと思う。普段ならば行かないような店で、初
対面の女の子と話し続けるのは少々難儀だ。隣席の女の子の会話のテンポが速く、次々と話題と
質問が変わっていく中で眠気も感じていた。眠いなどというのは失礼だと思い、何とか自分なり
に返事はしていたものの、お酒が少々まわったことで眠気が輪をかけて襲ってきた。だから、金子
が自分の名を呼んだ頃には、すっかり返事がおざなりになっていた。だが、それは酔っているのと
は別の話だ。

それなのに――顔を上げたら、何故か立ち上がった金子が、珍しくも落ち着きをなくし、心配そう
な目をして自分を見つめている。どうしたのだろうと思っていたら、いきなり近づいてきて、腕を
引っ張られた。そうして、何が何だか分からない内に立たされて、トイレまで引っ張られると、その
まま個室に押し込められて、矢継ぎ早に言葉をぶつけられた。

どうやら金子は、俺が酷く酔っ払っていると思ったらしい。目が潤んでいるだの顔が赤いだのと
言われれば、確かに誤解を招く姿を自分はしていたのだなとは思うが、実際の見かけはともかく、
我を忘れる程酔っていないことは確実に自覚しているのだから、金子の言葉に同意は出来ない。
それなのに、金子は自分が酔った挙句、隣りの女の子に手を出そうとしていたのだと完全に信じ
込んでいた。そんなことなど、有り得ないというのに――

仮に酔っていようとも、目の前に居る人間ならば誰でもキスしたいなどと思ったりはしない。それ
では相当に危ない男ではないか。恐らく、唯一それをしたいと思える人間が居るとすれば、それ
は今、正に目の前で怒り出したり顔を赤くしたりしている、この男位だ。
いつから自分の気持ちがそうなったのかは分からない。だが、例え過ごした時間が新鮮で、明る
い笑顔に好感を持っていた女の子に対してすら、そのような欲求がわいてこなかったのは事実だ。

それなのに、金子の頭の中で、俺は隣の女の子に完全に懸想していたようだった――



酔った訳でもないのに、恐らくは人のことを言えない位顔を赤くした金子の頬を触ったら、金子が
首に腕をまわしてきた。そうして、そのまま引き寄せられるにして再び口づけられる。絡められた
舌の感触が心地好くて、金子の腰の辺りに腕をまわした。

『ン……ッ』

こんな時はいつも、不思議に思う。
金子の方から抱きついて唇を重ね、舌を絡めてくるというのに、自分がその細い体を抱き締め返
したり、口付けに応えたりすると、金子がびくりと体を撥ねさせるのは何故なのだろう、と。
それはまるで、自分が金子に応えることが予想外だとでも言っているように見えた――

金子のシャツの下に手を滑り込ませたら、少々上ずった声の金子が、その腕を掴んで身を捩じらせ
る。

『あっ、ちょっと、待て……っ』

――自分から口付けておきながら、もう終りということなのだろうか。まあ、確かにトイレという密
室とはいえ、公共の場でするようなことではないのだが――

その顔を見つめたら、金子はまるで自分の考えていることを読んだかのような言葉を発した。

『そうではなく……お前は、何もしなくていい』

そうして体を離した金子は、何故か俺のズボンのボタンを外してファスナーを下ろしていく。

「?おい、一体何を……」
『いいから黙っていろ』
「しかし……」

何かこれは危険な予感がする――と思った時には、既に金子は人の下着をズボンごと下にずらし
ていた。

「おい、かねこ……っ!」

下腹部を直接手で触れられてきた土田は、金子の腕を掴んだ。

『熱い……な。酔っている証拠だ』

金子は土田のものをやんわりと掌で包み込むと、土田の耳元で囁く。

確かに、カクテルを飲んでから体が少々熱いという自覚は土田にもあった。アルコールが回ってい
るのだから、当然下腹部の方も少々熱を帯びていたのだろう。
だが、土田がその下腹部の熱をはっきりと自覚したのは――ここに来てからだ。ここに来て、金子
とキスをしてからだ。それは、恐らくアルコールのせいだけではない。

「だから、俺はそこまで酔ってなど――……っ!」
『酔いを醒まさせてやろうという人の厚意を無碍にするなよ』
「は?!」

――酔いを醒ます為、だと?俺は悪酔などしていないというのに?いや、その前提はともかく、
悪酔を醒ますための厚意?一体どういうつもりで――

「……っ!」

金子が土田の下腹部を掌で包み込みながら、先端を指で擦り上げる。刺激を受けて駆け上がる感
覚に、土田は息を飲んだ。

『少し前に、ワインを飲んで悪酔したとかいって、帰ってきたじゃないか』

それには覚えがあった。剣道場の仲間達と飲みに行って、2次会でワインを飲んだ。そして、悪酔し
た。あの時は、確かに頭がクラクラしていた。全身が重くて、熱いという自覚もあった。だがそれは、
過去の話だ。

「それとこれと、一体何の関係が……っ」
『あの時の教訓を活かしてやろうと言っているんだ』
「は……?!」

あの時の状況を必死に思い出す。だが、巧みな金子の手の動きで、思考は何度も途切れた。

大体が、金子だって同じ男だ。自分より華奢だといってもそれなりに力もあれば、身長だって10cm
も変わらない。おまけに、金子は技巧派だ。それは何もキスやベッドでのことに限らずだが、どうし
ても直球勝負になってしまう自分と違って、金子は巧みにポイントをつくことも、じらすことも、思
いのままだ。それは当然今も例外ではない訳で――土田はその状態から逃げることも出来ずに
片手で金子の腕を掴み、もう一方の腕で背後の洗面台に手をついて身体を支え、湧き上がってく
る熱に耐えていた。

『まさか、あの時のことを忘れてはいないだろう?何をして、お前は酔いが醒めたんだ?』

金子は手の動きを全く緩めないまま、体をピタリとくっつけてきて、耳元で囁いた。

「あの時、だと……?……っ」

金子の友人達は戻ってこない自分達を心配してないだろうかとか、もしトイレの外で人が待って
いたらどうするんだとか、ワインで酔っ払ったあの日と言えば、ソファで金子を押し倒してしまっ
て、後で何だかんだと文句を言われたなとか、色々なことがぐるぐると頭の中を回っていた。

だが、巧みな金子の手の中で、土田のものはすっかり育ちきっている。
絶え間なく受ける刺激が頭の働きをすっかり鈍らせていて、金子の問いに上手く答えるだけの余
裕はもうない。それでも、こんなところで達してはまずい――自分だけでなく金子の服まで汚し
た日には席になど戻れる訳がない――と熱にかき消されそうな中、理性が必死に頭の中で警告
を発している。

そうだ、それだけは言わなければまずいだろう。金子だとて勿論状況判断位はしていると思うが、
念のため確認して悪いということはない。そう思ったその時――

不意に自分の体を上から下に向かってそよ風のような、何か柔らかい感触が駆け抜けていくのを
感じた。何だろうと思って、下方を確認して、思わず土田は目を見開いた。

「か、金子……?!」

ピチャ……という妙にいやらしい音とともに、自分の下腹部の辺りまでかがんだ金子が、土田自
身の先端を舌で舐めるのが見えた。

『我慢しなくていいぞ。今日は最後まで責任とってやるから』

そう言うと、そのまま金子はそれを躊躇いもなく口に含んだ。

「!くっ……!」

土田は思わず顎を仰け反らせた。
思考中断どころではない。脱力しそうになるところを、背後の洗面台に両腕をついて何とか支え
た。

店のトイレの個室なんかでこんなことをしている、大の男2人――どう考えても淫猥なシチュエー
ション――

こんな時、金子が土田の立場ならば、当然頭の中を駆け巡る思考だとか感情だとかはそれこそ多
種多彩だろう。こんなところでかがんで人に奉仕するその姿を見下ろすのは妙な興奮を誘うぞ
だとか、外に人が居るかもしれないという中での背徳的な行為が、ゾクゾクと背中を駆け抜けて
一層気分を高ぶらせるだとか、色々考えているだろう。

だが、土田はそんな男ではなかった。確かにドア1つ隔てた外に人が居たら、という心配はしてい
る。元々家で金子とコトにおよんでいても、あまり声を上げる方ではないが、それでも今は、いつも
以上にバレてはまずいという自制心が働いている。
だがいずれにしろ、思考はそこで終り、そこから数々の想像が広がっていくことはない。

無論、金子のそんな姿には少なからず土田だって心を奪われていた。
普段はプライドが高くて口の減らない男が、今まさに自分の眼下で自身のものを口に含んでいる
のだから、その姿にゾクゾクしない訳がない。しかも、そんな時の金子は妙に色っぽい上に、巧み
に自分の弱い所を突いてくるから、尚更だ。

だが、残念ながら土田の想像力には限界があった。

気持ちは良い⇒とはいえ感じる罪悪感⇒でも気持ちはかなり良い⇒金子も色っぽい⇒しかも上手い⇒だか
らやっぱり気持ちは良い⇒とはいえ感じる罪悪感……以下延々とリピート――

土田の頭の中で回っているのはこれ位である。

「っ!!」

そんな土田の思考の輪が、突然途切れた。急激に襲ってきた、放出したいという欲望――

「かね、こっ……も、離れろ……っ」

土田は前かがみに金子の肩を掴んで離そうとした。
何とか耐えて、数歩踏み出せば便器がある。そこに放出すれば問題はない。数歩であれば、一応
チャレンジしようという気にもなる。
もしくは――土田は洗面台の端の方に置いてあるティッシュボックスに目をやった。より現実的な
のはこちらだろう。だから、一度前かがみになった姿勢を戻して何とかティッシュボックスまで手を
伸ばす。

いずれにしろ、さすがに金子の口の中で達するのは悪いと思った。
もしこの後未だ飲食を続けるというのなら、どう考えても金子にとって気分のいいものではない。
それはあまりに申し訳ない。

だが――金子は離れるどころか口技で巧みに土田の射精を促していった。

「!ッ……おいっ……か――ッ!!」





……――結論からいうと、土田の最後の足掻きは全く無駄に終わった。土田は金子の口内で達し
た。直後に来る倦怠感や脱力感と戦いながら、自分の身体を洗面台についている腕で支えて大き
く一息ついた土田は、ハッとして気づいて眼下を見下ろす。

「す、すまん……!」

何しろ若い2人が同棲しているのだから、最近特に溜まっていた、ということはない。だけれど、だ
からといってしっかり放出してしまったことに変わりはない訳で――土田は金子に対する済まな
い気持ちで一杯になった。

だが、当の金子はといえば、さほど変わらない表情のまま立ち上がり、先ほど土田が必死に手を伸
ばしていたティッシュを数枚抜き取ると、まるでフランス料理のコースを食べ終えてナプキンを使
用するかのように、優雅にティッシュで口を拭っている。例えがおかしいとは思うが、金子がすると
本当にそのように見えるのだ。

「もう遅いとは思うが、口をすすいでく……」

土田は罪悪感を感じながら、金子に声をかけた。だが、金子はその言葉をあっさり遮った。

『少しはすっきりしたか?』
「は?」
『酔いから醒めたか、と聞いてるんだ』
「……」

――確かに、あのぼーっとした感覚はなくなった気がする。酔っているつもりはなかったが、こう
してみると、やはり少しは酔っていたのかもしれないとも思う。

『ワインで悪酔したあの時は、俺を抱いたらすっきりしたんだろう?さすがに今日はトイレでそこ
まで出来ないからな。してもいいが、後が少々厄介だ』
「!」

――確かにあの日、帰宅して、この男を押し倒した。コトの後シャワーを浴びながら、悪酔の元が発
散されたと思った。まさか、それが金子の言った、”教訓”なのか?
だとすれば、俺は一体何を金子に強いていたのか。

「……何だか、俺は最低だな」
『?変な反省はよせ。あのカクテルを渡したのは俺だろう。だからその責任を取っただけだ。それ
よりも、気分はどうだ?』
「ああ……確かに、すっきりした気がする。すまん……」
『いや、そっちの気分だけじゃなく』
「……は?」
『店のトイレで、この俺に奉仕させてるんだから、ゾクゾクしただろう?』

金子は満足げににやりと笑った。それを見たら、何だか妙に恥ずかしくなって目を逸らした。

「馬鹿をいうな……っ」
『馬鹿とはなんだ、馬鹿とは……。――だが、ここまでしてくれる女はそうそう居ないとは思わな
いか?』

視線を逸らした自分の顔をこちら側に向けさせようと、からかうような口調と共に、金子の手が伸
びてくる。

「別にこんなことをせずとも、お前の代わりなど居ない。――で、どうす……」

いつまでもここに居る訳にはいかないと思って、顔に触れている金子の手を外しながらその顔を
見たら、金子が唖然としたような、ぽかんとした表情を浮かべていた。

「?金子?どうかしたのか?」
『あ……いや、何でもない……っ』

金子は何故か、急いで視線を逸らした。

――一体、今度は何だというのか。

本当に分からない奴だ、と土田は内心思うのだった。






”別にこんなことをせずとも、お前の代わりなど居ない”――

さらりと言ってのけた土田の言葉に、金子は一瞬呼吸を忘れた。
本当ならば、自分の代わりなど他にも居るだろうと思った。何しろ男同士という決定的なハンディ
があるのだから、逆に言えば何もこんな奉仕をせずとも、自分が女でさえあれば、もっとこの関係
は楽に深まったに違いない。先のことだって、もっと楽天的に考えられたに違いない。そういう意
味では、俺の代わりなどではなく、その他の大勢の女性どもの方がよほど土田には相応しい。
だからこそ、敢えて言ったのだ。ここまでしてくれる女はそうそう居ないだろう、と。

それなのに、土田はまるでことも無げに答えた。自分の代わりなど居ない、と。
どうして自分を有頂天にさせるようなことを、土田はこうもあっさり言うのだろうと思った。

確かに男女の別はともかく、こんな場所でこんなことをしてくれる相手はそうそういないだろう。
しかもその相手は人一倍プライドが高いと自負する自分なのだから、土田も楽しめただろう、と
満足していた。
だが、お前の相手に相応しいのはこの俺位のものだ、とまで言える自信はない。そもそも土田が
自分を愛しているという自信さえも持てていないのだから。



――今の言葉は額面どおり受け取っていいんだよな……?

自分の勘違いだとか誤解ではないよな、と土田の言葉を頭で反復して、漸く実感が湧いてくる。
そうして、実感と共に何だか少し体が温かくなってきて、気分が高揚してきた。

『――全く、すっきりしたのはお前だけだな。まあ、今夜を楽しみにするか』

金子は、自分をこんな気分にさせた土田をからかってやろうと、意地悪くそう言って、土田の顔を
見た。それなのに――

「――努力はしよう」
『……?!』

どうせいつもの通り、”馬鹿者”と一言言われるとばかり思っていた。それなのに、土田は真面目な
顔をして答えた。しかも、全く予想外の言葉で。

『……ば、馬鹿!冗談に決まってる!』
「――そうか」

土田が優しい目をしたものだから、金子は急いで背中を向けた。
それでも、2人してトイレからこそこそと出ると、席に戻るまでの間に金子の胸のうちはどんどん温
かくなっていった。






『いやー、土田が気分が悪いというからトイレに連れて行ったんだけどな――』

席に戻り、仲間達にそう言い訳の口火を切った金子は、実に楽しそうな顔をしていた。




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