CHAPTER 1 : FLOWERS OF LOVE 2


土田は時々意地が悪い。

金子は羞恥で憮然としながらも、独りでに高鳴ってしまう鼓動を持て余して立っていた。
背後に回った土田は後ろから抱き締めてきて、すっかり俺から牙を抜いてしまうと、複雑怪奇に結
われた帯を解き、正しく締め直し始める。
鏡越しにその姿をチラリと盗み見た。きちんと帯を結ぶその姿があまりに様になっていて、思わず
鏡から目を逸らした。

――お前は、本当に意地悪だ。

金子は鏡越しでさえも目を逸らしてしまった自分を嫌悪して、そう心で呟いた。

1人でこっそり試着のリハーサルをしていたなど、どう考えても恥ずかしい真似だ。それなのに、
土田はそんなことは気にも留めず、嬉しそうに目を細めて自分の姿を見ていた。こちらは羞恥で
逃げ出したい程だったというのに。


土田に会うのは6日ぶりだ。
年末年始、確かにたまに携帯メール位はしていたが、土田の返信はいつも2〜3通に1度位だった
し、言葉も短い。それでも返事が来るだけマシと思っていたが、そんな中で6日間とは案外長く感
じるものなのだと思い知った。
だが、土田は今日、まるで朝出かけて夕方に戻ってきたとでも言わんばかりの涼しい顔で帰って
きた。顔色一つ変えずに、今戻った、と一言だけ――6日間という時間を、長いとも感じていない
ような態度だった。
勿論、久しぶりだと感動して泣けと言っている訳ではない。満面の笑みで抱きついて来いと言っ
ている訳でもない――というか、そんな土田は、むしろ本物かどうかを疑ってかかるべきだろう。
だが、そんな偽土田の話はともかく――仮にも俺達は一緒に住んでいる仲ではないのか?言葉
では言わなくとも、互いに情以上の気持ちを感じているはずじゃないのか?

そう思うと、何だか納得がいかない。

今夜のことだってそうだ。
眠そうな顔をしているから、それならば仕方ない、と俺は諦めたのだ。浴衣について余計な口出
しを回避するために読書に没頭したというこちらの事情もあるから、尚更、今夜は静かに寝ようと
考えていた。勿論、いっそ我慢が利かなくなったその時は寝込みを襲う気ではいたが、それでも
自分なりに気を遣った側面はあった。
だが、それ以上に――己の意地もあった。
自分だけが久しぶりだと胸を高鳴らせ、あの男を求めているなどとは認めたくなかった。

それなのに――あんな風に抱き締められては、決心が鈍る。あんな優しい目をされたら、動揺する。

――全く……本当にこいつは性質が悪い。

金子は小さくため息をつくと、鏡越しの男を恨めしそうに見やった。





「――うむ」

土田が、まるで昭和の頑固親父のような口調で一言低く呟いたから、出来たのだと分かった。

『出来たのか』
「ああ」

俺が振り向いて見ると、土田は満足そうに小さく頷いた。


『全く……どうせこうして前を向いてしまえば、変わらないじゃないか』
「いや……やはりこちらの方がいい。お前に、よく似合っている」

――だから、それはもういいというのに……。

よく似合うと言われるのは、何だか恥ずかしい。自分が買ってきた服を着て、そう言われればそ
れは嬉しいだけだが、この浴衣は、いわば土田の母と土田の合作?のような、ある種特別なもの
な訳で――それを、そんな風に言われると、何と答えたらよいのやら。目元を綻ばせて自分を見
つめる土田は、それを見ているこちらの方が妙に照れてしまう。



『あ、そうだ。ならば、お前も着てみたらどうだ』

照れ隠しついでに思いついた言葉をそのまま言ったら、つい先ほどまで目を綻ばせて、柔和な顔
をしていたはずの土田の表情が、俄かに硬くなる。

「……何故だ」
『お前の浴衣姿が見たいからに決まっているだろう』
「……」

そう答えると、土田の眉間に不信の皺が寄った。俺が何か企んでいるとでも思ったか。
だが、そんな顔をしたところで、金子が怯むはずもない。いや、むしろ逆効果と言ってもいい。

『もう真夜中だし、しかも自分は既に何度も着ているから試着など必要ない――とでも言いたげ
な目は止めろ、土田』
「?!」

俺の予測は概ね当たっていたのだろう。土田の目が丸くなる。

『お前は俺の浴衣姿を見たいというが、俺だってお前の浴衣姿など見たことないぞ。俺だってお
前同様、お前の浴衣姿を見る権利があるはずだが?』
「…………」


土田の、イマイチ納得がいかないと言わんばかりの険しい顔――だがこんな時、大抵土田は反論
の言葉を持たない。例え頭の中には何となく言葉が浮かんでいたとしても、それが口から出てこ
ないようだ。だが、それは土田の愛すべきところだろう。肝心な時、気持ちを多少なりとも表情に
表すことは出来ても、言葉が出てこない。そのことをよく分かっている自分にしてみれば、そんな
憮然とした顔など、可愛いものだ。

だから、そんな土田の気持ちなどお構いなしにさっさと行動に移した。
さあ行くぞ、と土田の背中を押してベッドルームに向かうと、土田はうーむ、と諦めたように一言
唸った。





――そうして、結局大人しく浴衣に着替える土田の背中を、金子はベッドに座って見ていた。


土田に浴衣を着せるというのは単なる思い付きだ。そこまで拘っていた訳ではない。だが、1度好
奇心が湧いてしまうと、どうしても見ずにはいられない。いや、正確に言えば、必ずしも浴衣姿を
見たいというよりは――勿論、それは見れるものならば見たいに決まっているが――自分の好奇
心を土田が満たしてくれるという、その事実の方が大事であったりするのだ。
それは例えば、土田を誘惑したいと思ったら、土田がその気になるまでの過程が楽しいのであっ
て、その後の睦みことは、また別の話になる。極端な話、土田が誘いに応じた時点で満足してしま
うことさえあるのだ。


だから今回も、不承不承とは言え、土田が浴衣を着ることを承知した時点で、金子の気分は随分
と晴れていた。土田の性質の悪さに溜息をついた先ほどの気分など何処へやら――土田のあか
らさまな困惑顔を見たら、すっかり気分は上向いていた。
土田を困らせることが楽しいなど、まるで小学生のいじめっ子のようだが、事実楽しいのだから仕
方がない。

実際には、金子はそういった些細なところで密かに土田の自分への気持ちを推し量っているのだ
が、本人にはそんな自覚はなかった。むしろ、そこは自分の天邪鬼な性質ゆえ、という収まりのよ
い説明で済ませていた。

だから今だって、金子はもっと愉快で、余裕綽綽な気持ちで土田の着替えを見つめている――予
定だった。
土田の、きっと似合うであろう浴衣姿を確認出来れば良い。場合によっては、ちょっとちょっかいを
出して、土田の反応を楽しむ――金子が頭に思い描いていた筋書きは、そんな感じだった。

だが――現実には、そんな心とは裏腹に、無視しようにもできないようなゾクッとした感覚が、金
子の体内を駆け上がり、そのことが金子を戸惑わせていた。

黒い紗の浴衣を自然に羽織ると、無駄一つない動きで帯を締めていく土田――まるで、作法の中
に1つの完成された芸術性が潜む、茶道や華道の所作でも眺めているようだ。
勿論、土田は剣道をやっているからそんな無駄のない動きもまた、鍛錬の賜物なのかもしれない。
だが、それにしたってあまりに様になりすぎていて、洒落にならない。少々古風だが質のいい映画
のワンシーンでも見ているようだ。

だが、金子がゾクッとしたのは、そんな洗練された所作の美しさについてではない。
チラリと見える土田の横顔――それは凛とした、武骨でストイックな男の姿のはずなのに、何故か
人の心をかき乱すような妙な色気がある。

その全くの無意識下であるはずの土田の反撃に、金子は少々うろたえた。
自身の体の奥が、熱くなるのを感じたからだ。
欲情――一言で済ませるならば、それが正解だろう。だが金子にはそうというはっきりとした自
覚も、またそれが欲情の一言で片づけられるものなのかもはっきりとは分からなかった。


自他共に認める土田の鈍感さは、何も今に始まったことではなく、しょっちゅう本人にも言ってい
る。だが、そうであることの一番の罪は、人の思惑や真意を察することが出来ないということな
どではなく、己が他人に与える影響の大きさに、ちっとも気づかないということなのだ。


ああ、全く――本当にこの男は……

金子は、ある種の敗北感すら感じながらも抗えない力に背中を押されて、ベッドから立ち上がるの
だった。



「金子?どうした、未だ終わっては――」

帯を締めていた土田が、人の気配に気づいたのか顔を上げる。だが、土田の言葉など気にも留め
ずに、俺は土田の首に腕をまわして抱きついた。
ただそれだけなのに、もう胸が高鳴ってしまう。そのままぎゅっと土田を抱き締めて、一分の隙も
ない位に体を押し付けたら、帯の端を持っていたはずの土田の腕が、ゆっくりと背中にまわされた。

「――どうした」
『どうしたもこうしたもあるか』

相も変わらず、今更そんな分かりきったことを聞く土田。だから、少し投げやりに答える。

『鈍感にも程がある』
「……それは認める」
『開き直るな……』


首筋に、乾いた唇が触れる感触。密着しているのだから、俺の身体が既に反応していることなど、
土田だって分かっているだろう。だが、土田は肝心なところには触れてこないで、ただ唇を俺の
皮膚に落していく。
もどかしくなって土田の黒い浴衣の背をぎゅっと掴んだら、土田が俺の体を抱きながらほんの少
し押す。押されるままに後ろに下がったら、硬いクローゼットの扉に背中が当たった。


『土田、じらすな……』

土田の顔を両手で挟んで上げさせると、すぐさま唇を奪った。

優しくするつもりはない。駆け引きをするつもりもない。そんな余裕はどこにもない。だからすぐに
唇で土田の口を押し開いて、舌を絡め取った。



こんな時は、ふと弱気になる。
もう潔く負けを認めてやろうかと。
何だかんだ言っても、結局俺はこいつには敵わなくて、
あれこれと思い悩んだところで結局いつも堂々巡りで、
やはり俺はこの男が好きなのだ、という結論しか出てこない。

だから、もういっそ意地を張るのはやめて、気取った愛の告白でもしてしまおうかと考える。
そうすれば、案外と気が楽になるのではないかと、そう思ってしまうのだ――




『!ンぅ……ッ』

浴衣の袷が徐に開かれて、下着もつけていない下腹部を土田の大きな手が包み込む。
絡め合った舌を、思わず咬みそうになった。

『つちだ……ッ……あっ……も……つよ、く……っ』


土田の手が緩やかに緩急をつけて擦ってくるけれど、それだけでは足りなくて、つい腰が揺れて
しまう。
あさましい、とは思わない。だけれど、たった1週間抱かれてなかったというだけでこのザマかと
思うと、そんな自分に舌打ちしたくなる。

身体は正直だ。
6日間が長く感じた。早く、会いたかった。お前が欲しくて、堪らなかった――口ではそんなことは
言えないが、身体は露骨にそれを訴えて、独りでに急いてしまう。貪欲に土田を求めてしまう。
これでは、言葉にしなくても、白状しているも同然だ。


『ぅ……ッ……く……っ』

顔を土田の肩に埋めて、息苦しくなりながらも必死に声を抑えていたら、急に土田の手に、顔を上
げさせられた。

『!あっ……はな、せ……っ』

その手を離させようとしたら、逆に手首を掴まれた。

「――我慢しなくていい」
『!ばっ……なに、言ってん……アッ……やめ……っ!』

下腹部に触れていた方の土田の手が、急に強く擦り上げてくる。

「……かねこ……」

土田の、熱を帯びた声にゾクッとした。

――かねこ……

今度は耳元で、唇を押し付けるようにして俺の名を呟くと、そのまま舌先が入ってきた。

アッ……ン……ッ……!!

何も考えられなくなって、土田から受けるどんな小さな刺激にも身体のあちこちが反応して、まる
でやまびこのように呼応し合う。
身体の力が、がくんと抜けた。
自分では自身を支えているつもりだったが、全身が浮き上がるようで、それでいてどこまでも堕
ちていくような感覚に俺は独りでに目を閉じていた。





「金子……金子……大丈夫か……?」

もやがかかったような状態の中で、自分の名を呼ぶ声に、ハッとした。気がついたら、俺はまるで
死んだように土田に寄りかかっていた。

この気だるさと、脱力感――どうやら俺は、いつの間にか達していたらしい。
いや、待て。いつの間にか?
ということは……

『あ、当たり前だ……っ』

金子は急いで土田の問いに答えながらも、ことの状況を把握しようとして、動揺した。

――まさかとは思うが、俺は失神したんじゃないだろうな……?

達したことを覚えていないというのは、大問題だ。それは、その時殆ど意識が飛んでいた、という
ことになる。

――まさか、そんな馬鹿な……

だが、他に考えようがない。つい先程のことを、意識があるにも関わらず覚えていないということ
の方が、ある意味よほどあり得ない。となれば――答えは1つしかない。
認めたくはないが、他に答えが見つからない。

『何だ、その顔は?これ位、どうってことない。これからじゃないか』

己とその場を誤魔化すように強気に言い放ってみたものの、土田は少々心配そうな顔をしている。
だから、俺は行動で示すことにした。

「おい、金子。無茶は――」

この男の浴衣を脱がせ始めたら、土田は困惑したような声を出した。

『してなどいない。馬鹿にするな』

そう言うと、土田は黙り込んだ。





――有り得ん。

金子は土田の浴衣を脱がせつつも、その首筋から肩にかけて口付けながら、自問自答していた。

まさか、たったあれだけのことで早々に達した挙句、気絶したなんて、絶対に有り得ない。いや、嘘
に決まっている。少なくとも、失神はないだろう。失神なんて大げさなものではなくて、もしかした
ら、ほんの数秒の出来事だっただけかもしれない。いや、絶対そうだ。いくら、ちょっとばかり久し
ぶりだったからって……

どうしても納得がいかなくて、悔し紛れに土田の鎖骨の辺りを強く吸ったら、土田の体がびくっと
した。

「!おい、だから跡を付けるなと……っ」

そんな土田の抗議を、俺は無視した。



――この馬鹿……きっとこいつの握力が強すぎたんだ。瞬間的な痛みで意識が飛んだ。そうだ、
きっとそういうことだ。

金子は、己の失態への言い訳に、一番納得のいく案を採用した。
自分の土田への想いが強すぎたから、などという自虐的な答えは、証拠不十分なので却下する
ことにした。



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