CHAPTER 1 : FLOWERS OF LOVE extra


――……よし。

風呂場でゴシゴシと納得のゆくまで手洗いをした土田は、1つずつ丁寧に絞って水気を取り、あま
り音を立てない程度にパンパンと叩きながら伸ばしていく。そうして、ある程度布の皺を取ったと
ころでハンガーにかけ、バスルームの中に干した。室内干しは好きではない。だが、真冬の、しかも
夜中に外に出しておく訳にもいかないから、仕方がない。無論、夜中に乾燥機を回す訳にもいかな
いし、どちらにしろ、土田は乾燥機は好かなかった。

――明日の早朝に外へ出そう。

そう独り頷くと、ベッドルームに戻った。
時刻は既に夜中の3時を過ぎている。だが、土田の性格上それは放置しておけないものであった。

早寝早起きがDNAレベルで叩き込まれているとしか思えない土田が、何故夜更けに洗濯を、しかも
手洗いなどをしていたかと言えば――元を糺せば、今はベッドで睡眠を貪っているあの男のせい
だった。





「金子……本当に続けるのか」
『これからだと言ってるだろう』

乱れたままの扇情的な姿で絡み付いてくる金子――無論、それを拒めるはずもない。白い肌を薄
紅色に染めて、金子はその姿ばかりでなく直接的に指や舌を使って、人を煽っていく。

急かすようなその仕草と、そして色香――そんな中で真新しい紺色の浴衣と、キレイに洗ってお
いた黒い浴衣は、見る間に互いの劣情に塗れていったのだ。





「ところで、金子。もし良ければそれをき――」
『ああ、そうだ、土田。お前が持ってきたこれは、すぐに冷蔵庫に入れた方がいいぞ』

昨日の夕方――実家から戻り、土産を渡していたその時、そういって言葉を遮った金子。
それから夕食の時間まで、金子の様子はどこか違っていた。いつもと同じようで、それとは少し違
う、肌で感じる違和感――随分経ってから、ふと気づいた。そう言えば、俺が何か問おうとする度、
さりげなく金子はかわしてしまうのだ、と。
そうして夕食を済ませると、金子は本に向かってしまった。金子はああ見えて、かなりの読書家だ。
しょっちゅう本を買い込んでは、夜中まで読みふけっている。だから、そんな姿はさして珍しいこと
ではない。

だが、今日位は……そう思ったのは、事実だ。

実家から、酒もつまみも土産にもらった。2日後には大学も始まる。
今宵位は金子と2人、酒でも酌み交わしながら、夜更けまでゆっくり過ごすのもいい――そう思っ
ていたのに、金子はあっさりと1人、自分の世界に入ってしまった。

俺は、さりげなく避けられているのだろうか。

この違和感の原因を考えてみて、心当たりを自分の胸の内に探してみるが、特には見つからない。
思えば、あの浴衣を渡した後から金子は少々余所余所しかった――それだけは気がついたが、と
いってその原因は思い当たらなかった。

土産が気に入らなかったのか。
仮にそうだったとしても、そんな事で拗ねるような男ではない。
土産を渡す時に、俺は何か気に障る事を言っただろうか。
だが、この辺りは主観でしかないが、それも特に思い当たるものはない。
ごく普通に、これは誰からだと言って、渡しただけのはずだから、思い当たる訳もない。だが、万
が一自分が何か不用意なことを言ったとして、それがよほど許し難い内容でない限り、いくら少々
神経質な金子と言えども、そこまで気にするとは思えない。第一、そうであれば金子はその場で
反論していただろう。金子ならば、自分を言いくるめることなど、いとも容易いのだから。


そうして結局、理由の分からないまま夜を迎えた。ずっと読書し続ける金子に、酒盛りの提案をす
る機会もなかった。
風呂を済ませて寝床に入ったものの、いつもならばすぐに寝付けるというのに、いつまでも目が
冴えて、眠れない。金子の様子が気にかかっていたことは確かだが、鹿児島の実家から長時間か
けて戻ってきた疲れもある。第一、疲れなどなくとも普段はすぐに眠れるのだ。
だから、我ながら不思議だった。
案外と自分は金子の様子を気にしているのか――鈍い自分にも薄々自覚はあった。

6日ぶりだというのに、つれないのは何故だろう。
そんなことを幾度となく考える己を、自覚できない訳ではなかったのだ。


そうして風呂場に行ってみて、そこで浴衣姿の金子を見つけた時は、何か安堵したような、嬉しい
ような思いで、気持ちが温かくなった。
渡した時には特に何も言わず、着てみないかという提案も遮られた。だが、金子は存外律儀な男
だ。羽目を外すことはあっても、気遣いや常識を忘れるような男ではない。だから、密かとはいえ
浴衣に袖を通している金子を見た時、安心したのだ。やはり金子はそういうことをきちんと分かっ
てくれていたのだと。

それに――浴衣は金子によく似合っていた。いつも着る洋服も勿論似合っているが、それとはま
た雰囲気が違う。見られたことが余程不本意だったのか、金子は憮然としていたが――俺は楚々
としたその姿を、きれいだと思った。濃紺の浴衣は金子の青灰色の髪の色にも、白い肌にも、よく
映えていた。
そんな姿に触れたいと思って背後から抱き締めたら、金子の身体から力が抜けていくのが分かっ
た。その後姿からは、とても好い香りがしていた。

その時、考えた。

このまま、暫くこうしていては駄目だろうかと。

だが、金子は酷く照れ屋な男だ。
自分から仕掛けてくる時は存外大胆だが、こちらが手を出そうとすると、何故か金子は逃げ腰に
なる。そうでなくとも憮然としているのだから、そんな気になれない、と金子は逃げてしまうよう
な気がした。

だから、ベッドルームで金子が抱きついてきたことは、意外だった。浴衣を着てみろ、などというも
のだから、てっきり自分をからかうつもりなのだろうと思っていた。
だが、抱きついてきた金子からはそんな表情は窺えない。それどころか、その身体は随分と熱かっ
た。そうして、まるで反応した己の下腹部を知らしめるように、体を押し付けてくる。
そこまで余裕のない金子を、初めて見た。続けざまに求められた接吻の深さに、目眩のようなもの
を覚えた――





先ほどまでのなまめかしい姿態とは打って変わって、微動だにせず眠っている金子――
ベッドに眠る金子の枕の傍にそっと座ると、その顔を静かに見下ろした。


何も言わぬ金子。そしてまた、自分も何も言ってはいない。
だが、自分は自身の思いを言葉にすることがひどく苦手だ。考えていることを、誤解を受けぬよ
う、正しく表現するのはこの上なく難しい。だから――別の方法をとることにした。

金子の好物を作ってみる。
金子の勧める映画のDVDを一緒に観てみる。
金子の言葉に、出来る限り答えてみる。
そして――金子を抱き締める。


だが――俺の想いは金子に通じているだろうか?

その辺りが、どうにもよく分からない。




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