CHAPTER 1 : HEILIGER VALENTINES TAG 5


土田、お前はどこまでお人好しでいるつもりなんだ。
俺を抱けと言い、一緒に住めと誘い、そうしてバレンタインデーには俺を好きだという証が欲しい
ばかりに、お前を困らせる。お前が黙っているから、俺はどんどん欲張りになっていくじゃないか。
お前が拒まないから、俺はますます期待するじゃないか。

だけれど――お前だって、ずっとお人好しでいられる訳じゃない。いつか必ず、そんな優しさは息
切れする。気持ちがなければ、こんな状態は続かない。

今答えを聞かなくても、きっといつかは知ることになるのだ――





リビングはしんとしていた。
話があると俺に言われてソファに座った土田は、ひたすら黙っている。土田にしてみれば、自分の
話は終わったのだから当然だ。後は俺の話を待つばかりといったところだろう。
だが、俺だってそうすぐに話し出せるものじゃない。
内容が内容なだけに、どう切り出したらいいものやら――それどころか、話すこと自体を躊躇う自
分の気持ちにも気づいていた。答えを先延ばしにしても仕方がない、そう先程自分に言い聞かせ
たばかりだというのに、どうにも決心が鈍っている。


『土田――』

そう呼ぶと、視界の端に土田の顔がこちらを向くのが見えた。

『……あの、な……』

俺はお前のことが好きだ。お前は、俺をどう思っているんだ――ただ、それだけの言葉だ。
いや、本来ならば、「好き」という言葉だけでは言い表せない。そんなあっさりとしたものではなく
――同級生としてでも友達としてでもなく、俺はこの男が好きでたまらない。
だが、到底そんな風には言えない。何しろ、「好き」という言葉ですら、俺達の間にはこれまで一度
として真面目に交されたことがないのだから――

『……その……』

どうしても、喉元で言葉がつっかかる。
冗談めいて好きだと言うことならば、躊躇わない。身体を繋げる時の誘い文句ならいくらでも上
手く出てくる。それは嫌だと言われても誤魔化しようがあるからだ。すぐにでも違う言葉を繋ぐこ
とが出来るからだ。
だから、出来ることならその調子でやり過ごしたかった。こんな風に改まって自分の想いを告白す
ることも、相手の気持ちを聞くことも、野暮ったいこと極まりない。スマートさに欠けている。土田
が鈍感じゃなければ、こんなみっともない真似をすることもなかった。いや、それよりも、俺が土田
の気持ちさえ見えていれば――


「――金子」

思考の中に埋没しそうになっていた時に聞こえた土田の声に、顔を上げた。

『……何だ』
「言い辛いことか」
『……そんなことはない』

これだけ間が空いていれば、誰でも訝しむだろう。
そんなことはないと否定してみたものの、土田の見当は当っている。誤魔化すことは簡単だが、
それをしたら自分はきっと、また土田の気持ちを聞きそびれる。見栄を張って、余裕のある自分を
演じなければならない。

「――今の状態に不満があるのだろう」
『……。――まあ、そうだな』

俺は仕方なく同意した。
確かに不満だ。土田の気持ちがはっきりと分からない現状には、焦りすら覚えている。だから否定
はできない。そもそも、不満がなければ1週間近くも口を閉ざしたりしない。そんな分かりきったこ
とを今更言う土田もおかしい。

――だが、そこから土田が導き出す答えまでは予測していなかった。


「――つまり、同居を解消したいということか」
『…………は…………?』

俺は言葉を聞き間違えたのかと思った。そうして土田の方に向いてみると、意外なことに土田は
こちらを見てはいなかった。ソファに姿勢よく座り、何かを考えるようにやや目を伏せて真っ直ぐ
にテーブルの角の辺りを見ている。

「――先程、ふと思った」
『先程って、いつのことだ』

土田の極端に短い説明に、俺は反射的に答えた。
まるで他人事のように、土田の言葉が頭の中でくるくる回っていた。

「何やら色々と考えているのだろう。現状を打破したいのだろう」
『……だから、先程っていつのことだ』

土田の言葉が、何かじわじわと俺の胸を浸食していくようだった。
何をバカなと鼻先で笑ってやればいいのに、土田の真面目過ぎる顔が俺を不安にさせた。だから、
つい根本的な問題を置いておいて、目先のことだけを問う。

「お前が黙っている時だ。――ここ暫くのことを総合して、そう思った」
『…………』

何故総合して、行き着いた答えがそれなのか――そんなことを心と切り離された頭が考えた。
俺がバレンタインデーに拘りすぎて黙っていたせいなのだろうか。先程土田が俺の幸せに責任を
感じると言った時、色よい返事をしなかったからだろうか。女の子からバレンタインにチョコレート
をもらったことが、何か誤解を生じたのだろうか。それとも、今の状態に不満があるのかという問
いに、そうだと答えたからなのか。
色々と頭で候補を挙げてみるが、どうもぴんとこない。話が飛躍しているようで、何かそれは総合
した判断というよりも、土田の思いつきのように見えた。

『――お前は、俺がそれを望んでいると思うのか』
「……分からん。だが、お前は俺に苛立っているのだろう。俺は――人の気持ちを上手く察するこ
とが出来ん。お前にとって自明のことであっても、俺は恐らく気づかないと思う。……だから、お
前は悩んでいるのではないのか」

土田の言葉は、基本的に的を得ている。
確かに土田は鈍い。バレンタインデーに気づかないなど、鈍感もいいところだ。だが、土田は俺の
想いに気づかなくとも、俺が何かを求めていることには気づいている。俺の不満の元を薄っすら
と感じ取っている。大体それを言うならば、俺だって土田の自分に対する気持ちが分かっていな
い。普段の土田ならばこう答えるだろう、こう言うだろうという予測は立つのに、肝心なところが
分からない。勿論、実の親子すら意思の疎通などそう簡単ではないのだ。赤の他人の土田の心を
読めるはずもない。

それなのに、そうだと理屈では分かっているのに、殊土田のこととなるとこうも足掻いてしまう
のは何故なのか。妙な焦りと、苛立ちすら感じてしまうのは何故なのか。



「金子」

土田が顔を上げてこちらの方に視線を向けるのを、左の頬で感じた。

「俺は、それぞれの思いがあっていいと思う。相手を大切に思う気持ちが同じであればいいと思
う。俺はお前のことも、お前との生活も、大切に思っている」

土田の低く、深い声色に、妙な息苦しさを感じて下を向いた。

「この言葉が上手く言い表せているか分からんが……俺は、そう思っている」

その穏やかで心に響くような声に、真っ直ぐな言葉に、気持ちはざわついた。

――自分はこれ以上、一体何を望もうというんだ。
確かに好きでも愛しているでもないが、それは土田の本心なのだと分かる。言葉の足らぬ男の、
精一杯の言葉だと分かる。自分のことを、そして自分との生活を土田は大切に思ってくれている。
それだけで、十分じゃないか――
頭では、冷静にその言葉を評価している。ちゃんと土田の中で気持ちは育っているじゃないかと。
だけれど――もう一方の自分が胸の奥で、駄々をこねるように訴えてくる。
本当にその言葉だけで満足できるのかと。
土田の気持ちは自分と同じなのか否かを知りたくて、知らなければどうにも落ち着かずに不安に
駆られた自身を持て余していたのは、一体どこの誰だったのかと。

大切に思ってくれることは嬉しい。だけれど、それは家族に対しても、親友に対しても、下手をする
と土田のような男は剣道の仲間のことだって大切に思い、義理を忘れないはずだ。
単なる揚げ足取りだと言われようとも、ひねくれていると言われようとも、そう思ってしまうのだ
から仕方が無い。そうなると、土田にとって自分とはどんな存在なのか、どこに位置づけられてい
るのか判断がつかない。それでは、これまでと何も変わらないのだ。
きっと土田は俺を嫌いではない、恐らくは好きな方ではあるはずだと自分で見当をつけるだけで、
確信がもてないままに時間だけが過ぎていく――そんな毎日に戻ってしまうのだ。


『……成る程。お前は自分の気持ちを上手く言葉で言い表せているかどうか、確信が持てないと
いうんだな。ならば、他人の俺はその真意をどうやって確かめればいいんだ?』

そう言うと、土田は少々目を瞠った。

『お前の言葉がお前の心を言い表さない可能性がある時、俺はどこでお前を判断すればいいとい
うんだ?』

土田を困らせていると分かる。それなのに、一度口にしてしまうと言葉が止まらない。

「金子……俺は、別に嘘を言っているつもりは――」
『嘘ではないだろうな。だけど、本心だと確信は出来ないんだろう?それとも、自分の気持ち自体
にも確信が持てないのか?』
「そうではない。お前を大切に思う気持ちは、確かにある。それでは駄目か」

確かに、土田は俺を大切に思ってくれているだろう。そしてそれは、嘘ではないだろう。土田の真っ
直ぐな目が、それを物語っている。
だが、その大切に思うその想いは一体どこからきているのか。それは愛ではなく、単なる情では
ないのか。そもそも関係の最初から自分ばかりが誘っていると自覚があるだけに、そんな答えで
は酷く頼りなく思える。
普段土田の想いを確かめることを躊躇い、クリスマスイヴだとかバレンタインデーだとか、そんな
時にしか確かめることが出来ない臆病な自分は、どうしても疑ってしまう。
土田の言う通り、それだけでは、俺は駄目なのだ――


『俺が知りたいのは、お前の気持ちの出所だ。お前の言葉の真意が一体何なのか、どこからきてい
るのか――もし自分の言葉では心許ないと思うならば、それ以外で証明してみたらどうなんだ』
「――どういう意味だ」
『お前の言葉で、俺が納得したと思うかと聞いているんだ』
「…………」

土田が黙り込む。きっと色々と思いを巡らせているに違いない。
土田のことだ。俺が納得していないことはすぐに分かっただろう。だが俺のいう真意について、
己の気持ちを言葉以外で証明するとはどういうことなのか、考えているに違いない。



何気なく、リビングの時計を見上げた。
22時40分――あと1時間と少しでバレンタインデーも終わる。
偽りの嫌いな土田のことだ。きっと安易な答えは出さないだろう。そして、すぐには解決しないだ
ろう。そんなに簡単に出せる答えではない。今日中とはいかず、明日になるか、明後日か――下手
をすると当分出なくて、バレンタインデーの贈り物という訳にはいかないだろう。

だが、それも仕方がない。本当に欲しいものがもらえるなら、それが何時かなんて問題じゃない。
……といって、本当に欲しいものがもらえるかどうかも分からないのだが。


俺はふっと軽く息を吐くとソファから立ち上がった。
土田は、真面目な顔をしたまま前を向いている。目元が険しさを増していた。
だが、一方の俺は不満を吐き出してしまったせいか、少々気が楽になった。問題が解決した訳では
ないが、それでも土田が真剣に考えているのだ。ある意味、1つ目標は達成出来たのかもしれない。

いつもはあまり見ることのない、見下ろすような角度で見る土田の頭――近づいていくと、土田
は顔を上げる。見上げたその目は何やら意外だという、不思議そうな目をしていた。

あんなことを言った後に俺が近寄ってきたことが、予想外だったのかもしれない。
両手をその頬に当ててそっと口付けたら、土田の目がますます見開かれていくのが視界の端に見
えた。


『Glücklichen Heiliger Valentines Tag zu Ihnen』

ほんの僅かに唇を離し、笑みを浮かべてそう呟いたら、土田の眉が僅かに動いた。






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