CHAPTER 2 : AKITA AND HIS BLOWING MIND 2


「それにしても……お前たち、急速に仲良くなったもんだなぁ。一緒に住むなんて……周りは結構
驚いてたぞ。意外な組み合わせだってさぁ……」
「――そうか」
「でー……どうなんだ、金子と暮らしてみて。上手くいってるのかぁ……?」
「……少し難しい時期もあったが、今は上手くいっていると思う」
「ふぅん……金子と、どんな話するの?」
「特に何について、というのはないが。映画を観たり、酒を飲んだり――」
「お前たちはデキてるって噂だぞぉ……?」


ぶっ……
金子は思わず吹き出しそうになって、慌てて口を押さえた。
全く緊張感のない、あんな呂律も怪しい状態で、秋田のヤツは一体何をいきなり言いだすのか。
金子は目を白黒させた。

ここはどこかと言えば――丁度自分の部屋へ通じるドアの外側だ。
リビングにあるソファの背もたれを倒してソファベッドを作るとそこに毛布を置き、それから台所に
約束の日本酒を取りに行った。アルコール度数は決して低くないが、全く癖がない。水のようにさ
らりと飲めてしまうところが第一級の酒の良いところだが、うっかりすると飲みすぎてしまうとい
う難点もある。瓶ごと持っていっては危険だから、グラスに酒をついだものだけを盆に乗せて持っ
てきた。
そうして自室に戻ろうとしたのだが――完全には閉まっていなかったそのドアの隙間から、土田
と秋田の話し声が聞こえくる。話の邪魔をしてよいものかと一瞬足を止めれば、聞こえてくる内
容はどうやら自分と土田のこと。
一体何だ――好奇心の方が罪悪感に遙かに勝ったものだから、ついドアの傍に立ったまま耳を澄
ました。


まさか、デキてるなんて噂が友人達の間で立っているとは思わなかった。

確かに大いに身に覚えはあるが、そういうデリケートな問題が自分の与り知らぬところで広がっ
ていたという事実が何やら腑に落ちない。大学では土田とはさほど話していないと自覚がある
だけに、尚更だ。
一体どこからそのような話が出てきたのか。まさか去年のクリスマスイヴ、外でついあれやこれや
とやってしまったのが目撃されていたのか。それとも、土田を初めてこの家に誘った翌々日、構内
の裏庭で土田の唇を奪ったのが見られていたのか。
いずれにしろ、イヴですら既に2ヶ月近く前の話だ。目撃を元にした噂話にしては少々潜伏期間が
長すぎる。
秋田は誰からそんな噂話を聞いたのか。もしかしたら自分のではなく、土田の友人間で広まって
いるのか。自分であれば、そのようなことが周囲で密かに噂されていれば、何か変だと勘付いて
いるはずだ。だが、土田ならばどうか。土田は嘘のつけない男だ。誘導尋問にうっかり乗せられて、
口を滑らせていた可能性も考えられる。おまけに人の噂話などてんで疎いから、本人の知らぬ間
に友人間で広まっていても不思議はない。

それなのに。


「――そうか」

……おい。
忌々しい程に落ち着いた口調で答えた土田の言葉に、金子は思わず内心舌打ちした。

――そうかとはなんだ、そうかとは。お前の友人達の間で変な噂がたっているかもしれないんだ
ぞ?陰であることないこと実しやかに語られていたかもしれないんだぞ?何を他人事のように
どっかり構えているんだ。自慢の(?)強面で誰からそんな話を聞いたのか問い質すとか、せめて
違うと一喝位してみせたらどうなんだ。

大体、「そうか」とは一見肯定も否定もしていないかのようだが、この場合否定以外は全て肯定と
取られかねない。
別に土田との仲を恥じてはいない。だが、一方で分かってもいるのだ。それは、まだまだ世間一般
に受け入れられるような関係ではないのだと。


「土田ぁ……水臭いなあ……お前はぁ……」

秋田がふらりと腰を上げる。そうして、土田の服の襟の辺りに手を伸ばすのが見えた。

まずい――咄嗟に思った。
秋田は土田の返答を肯定と受け取ったように見えたし、挙句土田の胸倉に掴みかかろうものなら
ば、話がこじれる可能性がある。秋田は普段は大人しいヤツだが、今は酔っ払っている。おまけに
自分は女に振られたばかりだ。まかり間違って八つ当たりということも有り得なくはない。
だが、土田にしてみればそれは理不尽そのもの。言い合う内に、期せずして噂の火種に油を注ぐ
ような決定的な事実を暴露しかねない。


バタンッ


『ああ、お待たせ。んん?何をしている?』

些か乱暴な音を立ててドアを開け放つと、金子は笑顔を仮面のように貼り付け、少々驚いたように
顔を上げた二人を見下ろした。


『さあ、秋田。滅多に入らぬ酒だ。心して味わってくれよ』

土田の方に伸ばしかけていた手に、金子は酒の入ったコップを握らせた。
続いて、笑みを浮かべたまま金子は切り出した。

『それから――他ならぬ土田の友人のお前だ。酒のつまみに、1つ2つ俺から教えてやらんことも
ないぞ?』

秋田の小さな黒目が僅かに鋭く輝いた。

「な、何をだ、金子?俺の、知りたいことか……?」
『もちろん』
「そ、そうかぁ……じゃあ、実は――」
『女性を口説くには、やはりコツがある』
「へ……?」

ちらりと見せた、秋田の呆気にとられた顔。だが、金子はそれを無視して続けた。

『つまり、有体に言ってしまえば女性を口説き落とす必勝法というヤツだ。俺ならば……まあ、噂を
耳にしたこともあるかもしれないが、その手のことには少々心得があってな……土田のような、
硬派で剣道一辺倒の男の話よりもよほど今後の為になると思うが……どうだ?なあ、秋田。よく
言うだろう。人生は長いが青春は短い、と。大学はたったの4年しかないんだぞ?せっかくのモラ
トリアル期間だ。彩りは大いに添えなければな。それとも――それより知りたいことでもあるか?』

さらには仕上げとばかりに、金子は秋田に軽く流し目をくれてやる。
秋田の一瞬の沈黙。そして――

「か、金子ぉ……それを、その彩りの必勝法というのを、是非教えてくれぇ〜!」

金子は、満足げな笑みを浮かべた。
『無論、いいとも』

――全く、土田もこの半分……いや、10分の1でもいいから機転を利かせてもらいたいものだ。

金子は薄く笑みを浮かべたまま、喜ぶ秋田を尻目に土田の方にちらりと視線を流す。
土田の表情は何故か固かった。
――狭量なヤツめ。俺に口を挟まれたくないなら、少しは自分で秋田の攻撃をかわしたらどうだ。
金子は流した視線をすぐに秋田に戻した。


『さて、まずはさりげない雰囲気作りのコツからいこうじゃないか』
金子はにこやかに話を始めた。





『――寝たか?』
金子は、部屋に入ってきた土田に気づいて顔を上げる。
「ああ」
土田は静かにドアを閉めると、低い声色で一言答えた。
『全く……案外秋田も粘ったな。極力同じような内容をリピートして眠気を誘ったつもりだったが
――よほど聞きたかったんだな』
そう言って、金子は薄く笑った。

女性を口説く際のさりげない雰囲気作りやら、会話の受け答えのコツやら、気があるかどうかをさ
りげなく確かめる為の質問の仕方やらを、あれやこれやと適当に話した。
実際のところ果敢に口説き落とした経験など自分には殆どなく、言わば来る者拒まず的なことが
多かったから、正直成功談なるものはあまりない。だが、その辺はまあ想像と勘で話しておいた。
どうせ秋田は酔っているのだし、一語一句覚えていることなどまずないだろうから。
そうこうして、それでも30〜40分は話していただろうか。眠気と闘いながら粘っていた秋田も、
ついに座ったままで睡魔に屈服した。そうして完全に眠りこけてしまった秋田を、土田がリビング
のソファまで運んだのだ。
恐らく秋田はあのまま朝までぐっすりだろう。


金子は頭の中で一頻り考えを逡巡させた後、ふと土田がドアの内側に立ったままなのに気づいた。
『ああ、そうか。寝間着だな』
金子はクローゼットの中にしまい込んで置いた例の親父パジャマを取り出すと、土田に差し出す。
だが、土田はそれを無言で見つめただけで顔を上げ、そうして口を開いた。

「あの話は、本当なのか」

金子は一瞬何のことか分からず、ぽかんと土田の顔を見た。
『は……?何の……あぁ、女性を口説く必勝法ってやつか?馬鹿。ああいうのは真偽を交えて話
すのがコツなんだ』
寝間着を土田の手にぽんと手渡してしまうと、金子はくるりと土田に背を向けて、ベッドに向かお
うと足を踏み出す。だが、背後に動きがない。金子は不思議に思って振り返った。

『土田?先程言っただろう。お前は今日は隣の洋間で寝ろ。でなければ明日の朝、万が一にも秋田
が一番最初に目を覚まそうものなら、一騒動だ』

金子がそう改めて説明したにも関わらず、土田はそこに立ったままだ。

『?未だ他に何かあるのか』
何やら土田の様子がおかしい――そう思って改めて土田の顔を見つめると、土田がぼそりと言っ
た。

「何故、あんな話をする」
『は?』

一瞬考えて、そうして先程の話が続いているのだと気づく。だが、一体何故土田がいつまでもそ
の話をしたがるのか分からない。

『何故って――分からないか?そもそもお前が……いや』

あの話をしたのは、ひとえに土田と秋田の会話を聞いてしまったからだ。
女性の口説き方のコツならば、秋田は恐らく興味を持つ。そうすれば、土田との間で交わしていた
会話のことはうやむやに出来るはずだと踏んだ。それに、女性の話をすれば自分と土田の関係
の疑惑もさりげなく晴らせるだろうと思ったのだ。我ながら、咄嗟に思いついた割には一石二鳥
の悪くない案だった。
だが、それを土田に言っては2人の会話を立ち聞きしていたことがバレてしまう。

『あぁ、もしかして、俺が女性にモテることに嫉妬したのか?』

恐らく嫉妬などという程の気持ちを持っている訳ではないだろうが、土田にしてみれば少々面白
くなかったに違いない。
そもそも自分は土田と秋田の会話を中断させたのだ。もしかしたら土田は土田なりに何かを秋田
に言おうとしていたかもしれないのに、自分はそこへ割って入った。
それに、自分が色事により長けているかどうかということは、男として沽券に関わる問題でもある。
それは朴念仁の土田にだって、少なからずあるのだろう。

だが、所詮あんな話は面白いかどうか、信憑性があるように聞こえるかどうかが問題なのであっ
て、真実かどうかなど二の次でしかない。おまけに酒のつまみ程度の話だ。自分にしてみれば、別
に大した意味などない。


『まあ、あんなものは宴席の余興みたいなものだ。さ、そろそろ出て行ってくれ。もう夜中の1時過
ぎだぞ』

金子は右手をひらひらと振りながら、土田に背を向けようとして――右腕の肘の辺りを掴まれた。
『?なん……』
何ごとかと問う前にぐいっと土田の方に腕を引かれて、まだ回り切らないうちに右の肩から土田
の胸板にぶつかった。

『ちょっ……危ないだろう!』

威勢良く土田の方に顔を向けたはいいが、鼻先がつきそうな程間近に土田の顔があって驚いた。
しかも土田の視線が予想以上に強くて、その表情はどこか苛々しているようで、一瞬言葉を失う。


「俺は……っ」

だが土田は言葉を紡ぎ出そうとして、それでも何をどう言ったらいいのか分からないのか、ただ
もどかしそうに言葉を詰まらせ、挙句黙ってしまう。

『……何なんだ、一体……』

土田らしくない。こんな風に切羽詰ったような表情をするヤツじゃない。表情どころか、そんな感
情すら縁遠い男だ。それなのに、何故そんな顔をしているのか。何を怒っているのか。
まさか……?
思いを巡らせて、ふと有りがちとはいえ土田に限っては大凡想像し難い原因を思い当たって――
そうして土田の顔を見れば、至近距離で真っ直ぐに土田と目が合った。

もう見慣れているはずの顔なのに、身体を寄せ合うことなどどうということはないはずなのに、
胸の辺りの脈が僅かに乱れる。
まずい、と咄嗟に思った。こんな時は否応なく気持ちが土田に引き摺られそうになる。惚れた方が
負け――何故かそんな言葉が過ぎって、一層気持ちが焦る。

だから、土田を振り切ろうと掴まれた右腕を乱暴に揺らしたら、土田のもう一方の手に頭を抱えら
れ、そのまま唇を押し付けられた。

『!……っ』

急展開についていけなくて、何より強引な口付けの意味がさっぱり分からなくて、必要以上に心臓
が跳ね上がった。首を横に振ろうとしたが、中途半端に横を向いたまま抱えられて頭を押さえら
れているものだから、思うように動けない。

『ちょ……ん……っ……ぅつっ……ちだっ……』

押し開かれた唇の隙間から何とか言葉を出そうとしたが、舌を絡めとられて上手くいかなかった。
その内、行き交う吐息から酒の香りが鼻腔の辺りまで上がってきた。

――嫉妬なんかではないはずだ。
あんな他愛もない話位で、増して自分の過去のささやかな遍歴位で。

抗う気持ちが徐々に褪せていく。
薄目で土田の顔を盗み見れば、黒く真っ直ぐに伸びた睫がすぐ傍にあった。それはねっとりと絡
め合う舌の熱さとはちぐはぐで、土田の行動も土田自身とはどこか不釣合いで、そして何より扉
一枚隔てた向こう側には秋田が寝ている訳で――そんな状況の危うさのせいなのか。否応なく
胸は高鳴っていた。





「――すまん」
まるで奪うような深いキスの後、未だ息もかかる程の距離で土田が小さく謝罪した。
『何がすまんだ。今更』
本当に今更だ。人の気分を散々掻き乱しておいて。こんな時、こいつは本当にある意味天然なん
じゃないかと思う。

『……まさか、こんなことをしておきながら、このまま立ち去る気ではないだろうな』
後頭部にまわされた土田の手の力が緩んだものだから、一瞥してそう言ってやれば、土田の目が
僅かに見開いた。
――やっぱりこの男は天然だ。

『最初に盛ったお前が悪い。責任を取れ』

そうきっぱり言って土田の服に手をかけると、盛ったなどと……そうブツブツ不満げに呟きなが
らも、土田は抵抗しようとはしなかった。


ああ、秋田には最後にこうアドバイスを送っておくべきだったな――金子は土田の首筋に口付け
ながら思った。

その相手のことが好きで好きで堪らないのなら、どんな小さな機会も逃さず、時には強引にでも
その機会を作って、近づくきっかけを作ることだ、と。結局のところ、本当に欲しいものの前では自
分の発揮できる力など微々たるもので、下手な小細工など何の役にも立たないのだから――





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