CHAPTER 2 : AKITA AND HIS BLOWING MIND 4


何か違う。
これは、きっと金子の望む形とは違うのではないか――違和感を感じる中で思いを巡らし、そう
答えを出した時には金子は既に話し終えていた。
週明けには言い訳をすると言っていたから、その言い訳の内容について話していたのかもしれな
いが、考え事をしていたから、よく分からない。

『――という訳だから、お前も口裏を合わせるようにな』

そう言葉を切ると、もうこの話は終わったのだと表明するように、金子は胸の内ポケットから煙草
の箱を取り出した。
そうして、外は風が強そうだな、などと少々不満げに一人呟きながら、ソファから腰を浮かせる。

これでもう、解決したというのか。
金子はこの話を理性できれいに片付けようとしている。頭脳でコトを解決するのは、金子の得意
分野だ。頭が切れるし結論を出すのも早いから、恐らく今出した答えも、自分が口を挟む余地など
ない程理路整然とした内容に違いない。
だが、本当にそこに金子の心はあるのか――先程この男が見せたあの横顔を思い出すと、何か
腑に落ちない。すぐそこにある己の気持ちを無視し、その先を、どこか遠くを他人事のようにぼーっ
と見つめながら話していたあの表情が頭を過ぎる。


「待て」

そんなことを考えていたら、ソファから立ち上がってベランダに向かおうとした金子の左手首を、
独りでに掴んでいた。金子が目を丸くして見下ろしてくる。咥えていた、未だ火の点いていない煙
草を右手で外すと、予想外だとでも言うように、僅かに首をかしげた。

『何だ。俺の考えた言い訳は不服か?完璧だと思ったんだがな。まあ、いい。ちょっと待て。とりあ
えず一服――』
「そんなことではない」
『そんなことって……”そんなこと”について俺たちは話しあっていたはずだが?』

そう答えると、金子は益々訳が分からないという顔をしてまじまじと人の顔を見下ろしてくる。
そのあまりに当たり前の態度――いや、いつもと変わらぬ涼しい顔に、一瞬戸惑う。だが、それで
も金子の真意を確かめたい。取り越し苦労であれば、それで構わないのだから。

「考えたのだが――俺は言い訳など必要ないと思う」

金子の顔を真っ直ぐ見上げてそう言うと、金子は目を見開いた。
別に金子との関係が噂になって広まればいいと思っている訳ではない。金子が面倒だから否定
しようというのならば、それでも構わないのだ。

それが金子の真意ならば。

『は?どうしたんだ。男らしく潔い態度でいこうという決意か?こんな時にそんな殊勝な心がけを
見せても無駄だぞ。下世話な噂というのは、ほんの僅かでも誰かに漏れれば、あとは瞬く間に広
がるものだからな。正直者は馬鹿をみるだけだ』

金子はいつもの饒舌であっさりと自分の言葉を片付けてしまうと、左手首を掴んでいた自分の手
の甲を軽く叩く。離せということなのだろう。だが、離したくない。今離せば、ここで話が終わって
しまう。

『?おい。土田……』
「――お前は、それでいいのか。いや……本当に、そう思うのか」

そういうと、金子は僅かに眉間に皺を寄せた。

『……どういう意味だ』
「先程、言っていただろう。俺が周囲に知られたくないと言っていたと」
『……そうだが、それが何だと言うんだ。事実だろう』
「確かに、俺はそんなことを前に言ったと思うが――」
『ならば今更蒸し返すなっ』

話の途中で、唐突に金子が声を荒げた。と同時に、金子は自分が掴んでいた左手を強引に後ろに
引く。咄嗟のことだったから、力を入れ損ねて金子の手を放してしまった。
金子の顔を見上げると、金子は先程とは打って変わって嫌気を帯びた表情をしていた。そうして、
目が合うとすぐさま顔を背ける。

「おい、かね……」
『しつこい』

金子は人の言葉を遮ると、そのまま背を向けて歩き出す。
このままで良い訳はない。立ち上がってすぐその後に追いつくと、背後から金子の腕を掴んだ。

「ちょっと待て」
『待たない。この手を離せ』
「俺は、待てと言っている」

金子は立ち止まると、不本意だというようにゆっくりと振り向く。そうして、嫌気を帯びた目でこち
らを見上げた。

「何を苛々している」

急激に機嫌の悪くなった金子の感情の変化についていけずにそのまま口に出すと、金子は益々
不機嫌そうにこちらをじろりと睨んだ。

『終わった話を蒸し返され、一服しようと立ち上がったところを止められて、これ以上俺が苛立つ
のに何の理由が必要だというんだ?』
「俺の話は未だ終わっていない」

金子ならば、すぐに次の言葉が出てくると思った。
だが、予想に反してすぐさま口を開いた金子は、そのまま言葉を飲み込む。言いたいことを言えば
いいのに、金子は肝心な時にはこうして口を噤んでしまう。こんな時、口ではどう言おうとも、大抵
金子は何かを思って気を回しているのだ――

「悪かった」
『……何を謝る』
「お前には、いつも気を遣わせている」
『……何を急に。言い訳のことか?だったら、別に俺はそんなつもりはさらさらない。俺は俺自身の
為に動いているだけだ。それがたまたまお前の為にもなったからといって、律儀に礼を言うなん
てお前ら――』
「金子」

やはり自分の予感は間違ってはいなかったのだと、金子の言葉で分かった。
自分は過剰なまでに人に気を回すというのに、その気遣いを悟られまいとさらに気を回そうとす
る――どうしてこうもこの男は、肝心なところで不器用になってしまうのか。

それは、俺のことを茶化しているようで、自分自身の心を茶化しているのではないのか。

心の奥底からこみ上げるものに突き動かされて、左の掌で金子の側頭部を包み込むように押さえ
たら、金子は驚いたように眼を丸くした。

「俺が以前、お前と一緒に住むことを知られたくないと言ったのは、その先どうなっていくかが分
からなかったからだ。当初は、1ヶ月間試すと言っていただろう。俺は、お前がどういう考えで提案
したことなのか、どう解釈すべきなのか分からなかった。別に、お前がどうこうという問題ではな
い。それに今は……俺は、この生活を好ましく思っている」

恐らく、金子ならば自分の言わんとするところは理解してくれる――そう期待して、金子の目を見
ながら自分の思いを極力言葉に変えてみた。
金子は、最初は自分の顔を見ていたが、やがて目を伏せ、そうして自分の手から逃れるように僅
かに横を向く。

何か不満を感じたのだろうか。
それとも、誤解を招くような言い方だっただろうか――金子の様子に、少々不安を感じる。だが、
宙に浮いてしまった左手をそのままに、きちんと伝えるべきだと思っている言葉を最後まで続け
た。

「万が一秋田の口から今回の話が広がったとしても、それはそれで仕方のないことと思っている。
――少なくとも、俺はお前とのことを恥じてはおらん」

最後まで言葉を言いきってしまうと、あとには沈黙が流れた。
金子は暫くじっとしていたかと思うと、複雑そうな顔をして唇を咬む。

「金子……?」

避けられた左手で金子に触れようとしたら、今度は金子に手を振り払われた。
金子の気に障るようなことを言ったつもりはなかったのだが、何か気に入らないところがあった
のか――だが、拒まれたことの理由を考えている内に、金子はくるりと背を向けてしまった。

「おい、かね――」
『ああ、全く……お前には恥じらいというものはないのかっ!朝っぱらから何を熱く語ってるんだ!
そんなことを言って、だったら俺はもう、知らないからなっ……!』

背中を向けた金子は、肩を怒らせて唐突に当り散らす。
だが――後ろからちらりと見えた耳から頬の辺りは、赤く染まっていた。

ホッとした。何故か、何やら微笑ましいような、少し嬉しいような気持ちになった。
素直に物を言わぬ男だが、案外と金子は表情に、そして態度に感情を表わす。それは、恐らく本人
にとっては不本意なのだろうが、饒舌なこの男の言葉だけではうっかり見逃してしまいそうな本
音を知ることが出来て、嬉しい。


昨晩――自分と金子の間柄についての噂を秋田から聞いた。
初めて聞いた話だった。どう答えるべきかと一瞬考えた。
酒を注いで寝室に戻った金子は、自分が秋田に何かを言う前に秋田の関心を巧みに自分の方に
引き寄せた。大学でもよく見せる愛想のいい笑顔を見せながら、スラスラと、まるで台本でも用意
していたかのように金子は女性を口説く必勝法とやらを話し続けた。
鋭い金子のことだ。部屋に入った時、自分と秋田の間に流れる空気に異質なものを感じてのこと
かもしれない。金子が突然あのような話を切り出したのには、それなりの理由があったのだろうと
は鈍い自分にも想像がつく。

だが、あの時自分は、秋田にこう言おうと思っていた。
面白おかしく語られるようなことではない。俺は俺なりに、真面目に金子と向き合っている――
そう言うつもりだった。
それによって他の者からはあることないこと言われるかもしれない。だが、事実は事実だ。
金子はともかく、自分は上手く隠し通すことなど出来ない。仮に努力して取り繕うとして、果たし
て自分達のことは、親しい友人達にさえ必死になって隠さなければならないようなことだろうか
と思う。同性同士の同衾となれば色々と問題もあるだろうが、自分は何もふざけた気持ちで金子
とこういう関係になっている訳ではない。きっかけは不測の事態のようなものだったが、それを
後悔してはいない。

そう思っていたのに、それを秋田に伝えようと思っていたのに、金子に遮られてしまったことで何
やら気持ちが揺れた。もちろん、金子に悪気などないと分かっている。金子は、自分が何を言おう
としていたかなど、知る由もないのだから。
だが、金子が己の過去の女性関係の話を交えて話しているのを見ていたら、何やら言葉にならぬ
空しさを感じた。自分の言葉だけでなく、この気持ちすら遮られたような気がした。
そうして自分でも判断のつかない、何かモヤモヤとした気持ちを抱えて、気がついたら強引に金
子の手を引いた唇を奪っていた。強引にしてしまったことを悔やんで立ち去ろうとしたら、今度は
金子に止められて、そのままコトに及んでしまった。
あんなことになってしまったのも、己の気持ちをきちんとその場で言葉に出来なかった自分にも
責任があるだろう。

だから、翌朝秋田に問い詰められた時には、もう認めてしまおうと思った。
物的証拠(?)の揃ったあの状況で今更取り繕うのは難しいと思えたし、どのみち昨晩は認めるつ
もりだったのだから。
だが、自分は考えが足りていなかったのだ。
何故、金子が昨晩あんなことを秋田に言いだしたのかを考えていなかった。何故、明らかに同衾
が秋田に知れたあとですら否定しようとしたのか、理由を知ろうとしていなかった。
自分がかつて言った、周囲に知られたくないという言葉に、金子が囚われているとは想像もして
いなかったのだ。

気がつくと、金子はああやって自分の為にあれやこれやと気を回してくれる。だが、それをなか
なか言葉にしないものだから、鈍い自分はそれに気づくのがいつも遅れてしまう。
申し訳ないと思う。なかなか金子の真意に気づいてやれなくて。

熱いコーヒーでも用意しておいてやろう――ベランダに向かって、逃げるように歩いていってし
まった男の背中を、どこか微笑ましい気持ちで見送りながら、そう思った。





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