CHAPTER 2 : WAITING FOR THE BLOOM OF ROSE 1


『4時半にここで待ち合わせだ。分かったな』

今朝、いつもの如く少し前に大学に着くために家を出ようとしたら、玄関先で金子に呼び止められ
た。待ち合わせ場所のメモを素早く手渡されると、口を挟む間もなく玄関から追い立てられる。

否、どちらにしろ家を出ようとしていたのだから、追い立てられることは別に構わない。そして、前
夜リビングに棚を1つ増やそうという話をしていたのだから、どこかで待ち合わせて家具を見に行
くことにも異論はなかった。

だが――

土田はマンションの階段を降りながら、渡されたメモ紙を開いた。
そこは、大学のある場所からは電車を乗り継いで7駅も先の駅前の喫茶店だった。

いや、別にその駅の傍に目当ての家具屋があるのだろうから、分からなくはないのだが――どう
してこんな先で待ち合わせるのか。

別に大学の校門前でも構わないではないか。どうせ直前まで、同じ教室で講義を受けているのだ。
校門前どころか、授業が終わり次第速やかに合流すれば、尚話は早い。
だが、昨晩その疑問をぶつけたら、金子は土田の想像もしなかったような言葉を返してきた。

『いいか。俺達のことは広く、そして浅く知れ渡ったがな、やはり物事には程度というものがある。
そして、ある種の計算も必要だ。白日の下に晒されても構わない言動と、そこは秘すべき言動が
あるのだ。例えて言えば、共に食事をしたことは晒されても、その食材を共に選んで買ったという
ことは秘すべきだ。そこは微妙に違いがある。それだけで勘の良い奴、もしくは下種な奴と言って
も差し支えないが、そういう奴はその裏の関係の深度を読むんだ。カミングアウトしてしまった今
となっては、尚のこと余計な詮索をされることになるだろう。つまり、お前のような言葉の裏を解
さない奴は、特に気を付けるべきだということだ。俺の言いたいことは分かったか?』

土田は、昨晩の立て板に水が如く一気に畳み掛けられた金子の言葉を再び思い出しては、ややげ
んなりしたように首を振った。
金子の言いたいことは分からなくもない。だが、気持ちの問題として土田にはイマイチ理解し辛
かった。

大体金子は、物事を難しく考えすぎる。
別に一緒に待ち合わせて家具を見に行っても構わないではないか。友人同士でもそれは有り得る
ようなことなのだから。確かに金子の言う通り、普通の友人同士とは少々違うのだと思われてい
る今、下種な勘ぐりを入れる者も居るだろう。余計なことを言う者もいるだろう。だが、そういう
輩がいるからといって、いちいち気を回していてはキリがないと土田は思う。
そう思うのだが――


その日の夕刻。
土田は、今朝までの出来事から頭を切り替えると、指定された駅の改札を出て、店の名前を確認
する為に再びメモ用紙に視線を落とした。
その喫茶店は、確かめるまでもなく、通りを挟んだところにすぐ見えた。



「いらっしゃいませ」

店内に踏み入れると共に、明るい女性の声が聞こえた。
通りに面した正面側は小さく、こじんまりとした店を思わせたが、中に入ると奥行があって内部は
想像以上に広い。近づいてきた店員に、待ち合わせていると一言断ってレジカウンターの前を通
り、奥へと入って行った。

繁華街の駅前だからだろうか。平日の中途半端な時間だというのに、店内は混み合っていた。
だが、金子のことだ。すぐに自分を見分けて、手を挙げてくれるのではないかと土田は期待した
が、入口付近の席にその姿が見えないばかりか、自分に向って己の存在を知らしめてくれる者も
いない。

もしかして、熱心に小説でも読み耽っているのだろうか。
そう思いながら、土田はゆっくりと、少々幅の狭いテーブルとテーブルの間を進んでいく。そうし
て店の中ほどまで進み、改めて周囲を見回した時、自分の歩いていた通路から一列右にずれた少
し後ろのテーブル席に、見知った後ろ姿を見つけた。
どうやら気付かないまま通り過ぎていたらしい。土田は一つ横の通路に移動すると、お目当ての
テーブルに近づきかけ、そうして足を止めた。

それは、もしかしたら先程金子の存在を気付けなかった理由――金子の居るテーブル席の正面に
は、既に別の男が陣取っていたからだ。





『おい、土田?聞いてるのか?』

金子の声が唐突に耳に入ってきて、土田はハッとした。
既に金子と落ち合い、家具屋の店内を歩いているというのに、気持ちはあの喫茶店に戻ってしまっ
ていた。傍らに立つ金子を見ると、金子は不機嫌そうに少々眉を吊り上げている。

『まあ俺だって、お前の研ぎ澄まされたセンスが家具屋で炸裂するなんて期待は全くしていなかっ
たがな、せめて人の言うこと位は聞いていたらどうなんだ?大体、お前はディスプレイの家具す
ら殆ど見てもいないだろう』

これはまずい。
そう思って、土田は急いで言葉を探した。

「そんなことはない。ちゃんと見ている」
『ならば、お前はどれが良いと思った?』
「……」

嘘は言っていない。見てはいた。金子が横であれはどうだこれはどうだと言う言葉だって、聞い
ていた。ただ、物事が漫然と流れてしまっただけで。だが、言葉の途切れた自分に金子は益々嫌
気を帯びた視線を向けたものだから、土田は再び言葉を探す。

「いや、だから、見てはいても、どれが良いとか、そういうことは俺には分からんのだ。お前も、俺
のセンスなど期待していないと言っただろう。そういうことだ」
『ふん。何がそういうことだ、だ。開き直るな!――全く、1%でも期待した俺が間違っていた』

金子は、じろりと睨んだ後、呆れたような顔をしてついと前に向き直って歩き出す。
すまん、そう呟いて金子の背を追いながらも、土田の気持ちはどうしてもあの喫茶店での金子達
のやり取りに囚われていた。





「いやあ、それにしてもこんなところでばったり会うとは、奇遇だな、金子。高等部の卒業式以来だ
から……ああ、そうそう、2年ぶりだ」

喫茶店で金子の正面に座っていた男は、その言葉の内容からして、金子の高校時代の同級生のよ
うだった。男は、丁度こちら側を向いて座っていたから、土田からは姿形がよく見えた。
金子が高等部まで通っていたという私立は、幼稚舎から大学まで揃った、良家の子供ばかりが通
う有名な学校だと聞く。この元同級生もご他聞に漏れず、品の良いカジュアルな服をさりげなく
着こなしていて、いかにも洗練された都会の大学生といった感だ。
2人がどこで偶然出会ったのかは分からない。だが、金子は大学でも周囲の者達によく見せる、愛
想の良い、薄い笑みを浮かべて相手の言葉に相槌を打っていた。
当初は、久方ぶりの元同級生との再会だ、会話の邪魔をするのも野暮だと土田は思った。

店内の壁に掛けられた時計を見やれば、待ち合わせの時刻までは、あと15分程ある。
せめて、約束の30分になるまでは少し離れて待っていようか――そう思って、土田は無言のまま
テーブルに背を向けた。すると、丁度すぐ傍のテーブル席が静かになり、金子の同級生の言葉が
土田のところまではっきりと聞こえてきた。


「ところで、今年の春休みは例年通り、ご家族と共にヨーロッパ旅行へ行くのか?」


――家族と、旅行?

土田はその言葉に、足を止めた。
金子とは毎日顔を合わせ、話もしているが、金子の家族のことは殆ど聞いたことがなかった。周囲
の噂と、そして今現在住む金子の父の所有であるというマンションから、金子の家が裕福であるこ
とは分かっていた。だが、実際金子から聞いたことがあるのは、自身とは性格の違う弟と、そして
少し年の離れた可愛い妹がいるということだけだ。
金子がそのような家族の中でどのように生まれ育ったのか、家族との関係はどうなのか、現在ど
れだけ連絡を取り合ったり、会ったりしているのか、土田は何も知らない。
本人が話さぬ限り、敢えて質問しようとは思わなかった。だが、それは興味がないということでは
ない。


『今年は行かないつもりだ』
「へえ?それはそれは……中等部の時からの恒例行事ではなかったか?話しぶりから、毎年楽し
みにしていたと記憶しているんだが。……もしかして、女性関係の都合とか?」
『色々と忙しくてね。両親には勉学の為と伝えてある。まあ、いくら毎年違う国へ行くと言っても同
じヨーロッパだからね。実際のところ、少し食傷気味というか……』

金子の言葉と共に、低い笑い声が聞こえる。
土田は、2人の言葉に気を取られつつもその声と共にその場を離れ、金子に気づかれぬよう空き
テーブルを探して店の奥へと歩いていった。





『では、これにするからな』

念のため振り返った先の男の顔を見上げる。土田は、予想通り、ただ黙って頷いた。

土田がマンションに越して来てから、もう少しで4か月が経とうとしている。
土田は、大凡皆無と言っていい程物欲のない男だが、といってこの数か月の間、何1つ買わなかっ
たという訳ではない。シャツは数枚増えた。靴下や下着も少し増えたようだ。そして、何よりアイド
ル日向要の載っている雑誌や、DVDが増えた。土田の所有物は地味にだが増えている。
それよりも遥かに早いスピードで、あからさまに増えているのは自分が買うCDや本だが。

それはともかく、クローゼットを整理整頓すれば何とか収まる可能性はあったが、それよりも購入
した方が簡単だ。棚の1つや2つ買ったところで大した額ではないし、部屋のスペース的にも余裕
がある。よほどバカでかいものでも置かない限り、邪魔にはならないだろう。
それに――どの部屋も自由に使えるとはいえ、土田には自分の部屋がない。本人も不要だと言っ
ているし、実際さほど不自由は感じていないようだが、一緒に住むことを提案した側からすれば、
秋田の時のような例を挙げるまでもなく、元より些か気にはなっていた。
だから、ついでと言っては何だが、この機会に土田専用に棚位新規に用意してやってもいい。そ
うすれば、土田はテキストやら日向要関連グッズをまとめてしまうことが出来る。

そう思って、棚の購入を昨晩提案した訳だが――

「もしも俺のことを考えているのならば、必要ない。整理すれば入りきらない程ではないし、すぐに
使わないものは段ボールにでもまとめて奥にしまえば済む話だ」

うむ。実に倹約家――貧乏学生ともいう――の土田らしい答えだ。それに、自分の私物のために
スペースを割いてもらう程でもないという土田なりの遠慮もあるのだろう。控え目な奴だから。
だが、それではこちらは納得がいかない。

大体、元は自分が1人暮らしをしていた場所だったから、当然と言えば当然なのだが、どこを見て
も自分の私物ばかりで、未だあの男の物は全く目立たない。持ってきた所有物があまりに少なく
て、殆ど洋間とベッドルームのクローゼットの中に収まってしまったのだ。そんな状態だから土田
は本当にここに住んでるのかと訝しむ程な訳で……いや、とにかく。
一度買うと決めた以上、何と言われようと気持ちは決まっていた。土田の意見によって諦めるな
ど端から頭の片隅でも想定していなかった。

『お前に相談したのは、リビングという共有スペースに置くからだ。いや、誰がどう使うかは問題で
はない。むしろ、率直に言えばそんなことは二の次だ。実は前々からあの観葉植物の隣のスペー
スが、どうにも中途半端で気になっていたんだ。――つまり、いずれにしろ買うぞ?買うからな。俺
が欲しくて買うのだから、文句はないだろう!』

土田は、俺を不思議そうに見つめていた。
どうとでも思えばいい、そう開き直っていた金子は、そんな土田の顔を悠然と見返すのだった。





「春休みはどうするのか」

土田がぼそりと、唐突にそんなことを聞いてきたのは、既に家具屋で棚を注文した帰り、もう自宅
マンションの最寄り駅に着いてからのことだった。
駅前の喧騒から離れ、住宅街に入る道を曲がると、辺りは急に静かになる。

『春休み?』

確かに、もうすぐ春休みだ。
3年次ともなれば、そろそろ先のことも考え始めなければならない。つまり、2年次最後の長期休
暇である春休みは、いわば最も自由かつ気ままな時間を謳歌するチャンスと言ってもいい。

『お前は、帰るのか?――鹿児島に』
「いや、そうしょっちゅう帰っても仕方なかろう」

確かにそうだ。土田は冬休みに帰郷している。自分だって、馬鹿ではない。十中八九帰らないとは
思っていた。だが、念のため確認しておいてもいい。想像だけで予定を立てておいて、あとで空
回りするような真似はごめんだ。

そうして、金子は努めて無表情のまま、そうかと一言答える。それから、さりげなく付け加えた。

『お前こそ、何か予定はあるのか?』
「――いや。剣道の交流試合がある位だ」

土田は、短く答える。そうして、正面を向いてしまった。

帰郷もなく、剣道の交流試合は1日でしかない。ということは、バイトと剣道の稽古および試合以
外には殆ど予定がないということだ。

――ならば、せっかくの休みだ。有効に使わなければな。
金子はやや気持ちが高まるところを抑えながら、どこへ行こうか、何をしようかと思考を巡らす。
すると、中途半端に長い間の後、再び土田の低音ヴォイスが聞こえてきた。

「時に――お前はどうなのだ」
『え?あ、ああ、そうだった。俺が先に訊かれていたんだったな』

金子は半分思考に沈みかけながらも、これから考えるつもりだと答えた。
すると、意外なことに土田はさらに言葉を続ける。

「何も、予定は入れてはいないのか」
『???そうだが?何だ、俺をヒマ人だとでも言いたいのか?』

土田の言い方がひっかかって、何よりさらに言い募るなどいつものこの男らしくなくて、土田の横
顔を見ながら反論する。土田は、何を思い、考えているのか、予想外に難しい顔をしていた。


「……いや」

やがて、何やら少し不満そうに一言短く答えると、強面を一層鋭くして黙ってしまった。

――一体何なのだ。俺が何を言ったというんだ。

金子はその態度と言葉に釈然としなかったが、今の様子では恐らく土田は何も話さない――そう
思って、喉元まで出かけた不平を奥底にしまい込むのだった。






TO THE CHAPTER 2 : WAITING FOR THE BLOOM OF ROSE 2


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