CHAPTER 2 : WAITING FOR THE BLOOM OF ROSE 2



何かある――金子は、対土田レーダーともいうべき特殊な勘でもって、感じ取った。
きっかけは、土田のバイトだ。

「バイトに行ってくる」
『ああ、そうか……て、今日は水曜だが?』
「とりあえず今週と来週は入ることになった」
『先週はそんなこと言ってなかったじゃないか』
「――今週決まったことだ」
『ふうん。――何故?』
「何故とはなんだ」
『単に理由を聞いたんだが』
「……単なる人手不足だ」
『へえ』
「……。とにかく、行ってくる」
『ああ。じゃあな』

これだけだ。一見、いや一聞したところ、何ら不自然なところはない。内容に矛盾もない。
だが、恐らく、いや、確実に自分の勘は外れていないと自信があった。

土田は、何かを胸の内に抱えている。

もちろん、隠し事をするななんて言うつもりはさらさらない。元より隠し事など上手くできる男では
ないが、仮にそれが出来る男だったとしても、何を話し、話さないかは土田の自由だ。自分だって、
土田に話していないことなどいくらでもある。大体が、大学で出会うまで自分達は全く違う場所
で、全く違う人生を送ってきたのだから、知らないことの方が多くて当然だ。
だが、これはそういうこととは少し違うのだ。

そもそも、土田のバイトの日数が増えた位で自分が違和感を感じたきっかけは、別にある。
家具屋で棚を購入した日だ。あの日、土田は家具屋に居た時からうわの空だった。だが、あの時
はそれをさほど気にしていなかった。様子のおかしいことには何がしかの理由があるのだと気づ
いたのは、その帰り道だ。

「春休みはどうするのか」――それが最初の言葉だった。
その問いに、予定についてこれから考えると答えたのは、単に土田の出方をみたかったからだ。
冬休みは、お互い帰省した。土田と一緒に住み始めて、長い休みに入るのは実質今度の春休みが
初めてといっていい。
ならばどこかへ出掛けるか――そんな提案も想定して、予定は特に入れておかなかった。毎年恒
例のヨーロッパへの家族旅行すら、初めてキャンセルした。父は当初訝しがったが、大学に行って
いる間は自由にしていいというお許しというか、約束は進学前に取り付けておいたこと――それ
を盾に、断ったのだ。

それなのに、自分の予定がないことを確認した土田は、何故か不機嫌そうに黙った。どう考えても、
腑に落ちない態度だった。自分の言葉に土田の機嫌を悪くするようなところなどまるで見当たら
なかったから、納得がいかなかった。

――それとも、何か?俺の春休みのスケジュールがびっしり詰まってれば、土田は満足だったと
いうのか?びっしり詰まり過ぎて、土田と顔を合わせる暇もない程に?…………て、それは避け
られているってことだろう。

『…………』

金子の気持ちは虚ろに彷徨いそうになる。だが、さすがにすぐに思いとどまった。いつまでも些細
なことで空回りしている金子光伸ではない、とばかりに、金子はバレンタインデーの出来事を思い
返して、己を励ました。

そう、客観的にみても、避けられているということはないだろう。だが、自分の返答が土田にとっ
て不満であったことだけは確かだ。

予定が未定であったことが、土田の不満の種である、ということは……金子は考える。そして、閃
いた。

――そうか、もしや土田は俺からの誘いを待っていたんじゃないか?それを、俺が考えてないな
どと言ったから、機嫌を悪くしたのではないか?朴念仁の土田のことだ。長い休みをどのように
有効に使うべきか、自分では思いつかないのだろう。洒落た場所の1つも知らないのだろう。そう
かそうか……そういうことなら、納得出来ないこともないな。

金子は漸く合点がいった。
土田は、バイトに入る曜日を増やした。それが春休みの若干の散財を考慮してのことであれば、十
分納得がいく。あとは、こちらから春休みの思い出作りに相応しいプランを提供してやればいい。

――これが正解だな。うむ、確かに賢明な選択だ。土田も案外意地らしい。

金子は、合点のいく答えを見つけて満足げな笑みを漏らした。
ならば、早速候補地を検討しなければ……とばかりに、金子は寝室を兼ねた自室に戻り、パソコン
を開くのだった。





それから4日後の日曜日の昼下がり――寝坊した金子と、既に早朝の内に剣道場まで足を運んで
稽古を済ませた土田は、やや遅めのランチを共にしていた。大学のことやら、これから観る予定の
DVDに出演している俳優のことやら、あれやこれやと他愛もないことをひとしきり話し終えた後、
金子はさりげなく話題を変える。

『そういえば、秋田は春休みには幼馴染達と北海道に行くそうだな』
「――そうか」

変わらぬ口調だが、一瞬生み出された不自然な間――金子は、土田の顔を伺いつつも、素知らぬ
調子で話を進めた。

『何だ、聞いてないのか、秋田はお前の友達なのに。第一、もうあちらこちらで春休みの話題が出
ている時期だろう』
「……」

土田は無言だ。何故ここで無言になるのか分からない。ここまでこちらが言っているのだから、そ
ろそろ話に乗ってきても良いものなのに。
そう思った金子は、手のかかることだと半ば呆れつつも、口を再び開いた。

『悠長に構えていると後々焦ることになるからな。そろそろ、春休みの予定も考えておいた方がい
いだろう。そこで、だが――』

立て板に水が如く、さらりと金子が話を進めようとしたその時、土田が何故か唐突に席を立った。
確かに食事は終わった。だが、未だ話は途中のままだ。金子が予想外の土田の行動に口をポカン
と開けてその顔を見上げていると、土田は何故か視線を僅かに逸らした。

「――未だ、先の話だ」
『……先って、もう1ヶ月もないぞ』
「……。台所を片づけなきゃならん」

有り得ない位に下手な言い訳をした土田は、テーブルの上の空になった皿や茶碗をいつも以上
に素早いスピードでトレイの上に載せると、土田を見上げたままの金子を尻目に、逃げるようにし
て台所に行ってしまった。

『…………何なんだ……何なんだ、一体』

金子は、呆然としていた。
暫く身動き一つ取れなかった。土田の態度が、あまりに予想外……いや、そんな言葉では生ぬる
い。何しろ、頭の片隅に1ミクロンたりとも予想として浮かぶことのなかった状況が今、繰り広げら
れたのだから。

土田のあれはまるで、春休みの話など何一つしたくない、進めたくない、というような態度だ。
どう頭で否定しようとも、あれは土田は春休みを自分と過ごしたくない――そう言っているよう
にしか見えない。

金子はポカンと開けていた口を閉じると、しばし固まっていた。
そうして、最早何かを頭で考えているのか、それとも心が何かを訴えているのかよく分からずに
ボーっとする内、何やら段々腹が立ってきた。

大体、あの態度は解せないにも程がある。自分が一体何をしたというのか。何をしなかったという
のか。自分達の仲はごくごく順調だったし、つい先ほどまで、普通にランチを囲んで団らんしてい
たじゃないか。
それなのに、何故土田は何の前触れもなく、唐突にあんな意味不明な言動をするのか。言いたい
ことがあるならばはっきり言えばいいというのに、何をうやむやにして誤魔化そうとしているの
か。もしも春休みを別行動で過ごしたいというのなら、そう言えばいいではないか。それとも別に
春休みを共に過ごしたい相手でもいるというのか。
どうであれ、何も言わずに済ませようとする土田の態度は卑怯だ。誤魔化そうとするなど、土田
らしくない。それでもいっぱしの男か。

金子の怒りの導火線に点いた火は、あっという間に心の内に勢いを広げた。

すくっと金子はイスから立ち上がると、つかつかと台所の土田のところに歩み寄る。

『おい、土田』
「今は手が離せん」

土田は、一瞬躊躇うようにシンクの中の茶碗から視線を空へと漂わせたが、こちらの方には向か
ない。金子は土田が手にしていた泡だらけの茶碗をシンクの中に置いた隙を狙って、その肩を掴
むとぐいっとこちらの方に向かせた。

『食器洗いなどどうでもいいっ』

土田の、少しばかり唖然とした顔――右手に持ったままの泡だらけのスポンジが、何だか妙に間抜
けに見える。

『お前、何か隠しているだろう。思うところがあるなら、はっきり言ったらどうだ』
「……どういう意味か分からん」

土田のその態度に、金子の苛々は増した。大体、土田という男は嘘が下手だ。今だって、明らかに
とぼけようとしているのが見え見えだ。土田の顔が、その言い方がそれをありありと物語ってい
る。それなのに、何をしらばっくれているのか。この俺にそれが見抜けないとでも思っているのか。
冗談も休み休み言えと言いたくなる。
そこまで隠し通したいのなら、せめて分からないように上手い演技の1つでもして見せたらどうな
んだ。

『ほう?天地神明に誓ってそうだと言えるか、土田?その胸に手を当てて自身に聞いてみろ』

金子は眉を吊り上げると、土田の胸の辺りを人差し指で突いた。

「…………」

土田は、その仏頂面に明らかな動揺の色を見せた。
土田は良くも悪くも直球タイプだ。陰でこそこそしたり、正直でないことを人一倍嫌う。出来ない
とも言うが。だが、何はともあれその自分自身が、今まさに天地神明に照らした真実の言葉を言わ
ずにいる。言わないのか言えないのか分からないが、所詮結果は同じだ。

土田の、長い間。そして――

「……。言えることは、何もない」

金子は、こめかみの辺りに脈が浮き出るのを感じた。

『ほう……そうか、これでも言わないか、土田』

金子の声が僅かに上ずった。

「――金子……」

金子は、自分の方に伸びてきた土田の手の甲をぴしゃりと叩いて払いのけた。

『ならば好きにするといい。無論、俺も好きにさせてもらうからな』

まるで捨て台詞のような言葉を残して、金子はくるりと土田に背を向けると、早足に立ち去った。

そこまで口を割らない理由でもあるのか――金子も頭の片隅でそれは疑問に感じていた。
だが、そんな冷静な判断よりも感情としての怒りが先に立った。何より、土田の煮え切らない態度
に腹が立った。
たかが春休みのことで、何故こんな言い合いにならなきゃならないのか。それもこれも、全て土田
のせいだ。

――ああ、くそ……苛々する……。

金子はベッドルームからコートと財布、そして煙草を持ち出すと、そのまま外に出た。食事の後は
土田とDVDを観る予定だったが、知るものかと思った。
とにかく、土田のの居ないところ――どこか静かな喫茶店にでも行って、この苛立ちともやもや
とした思いを落ちつけたかった。





――どう言えば良かっただろうか。

一方の土田は、台所で食器洗いの続きをしながら考え込んでいた。既に洗いものなど慣れたもの
で、土田の動きに無駄はない。だがその実、土田は殆どシンクの中など見ておらず、意識は遠く金
子との言い合いに飛んでいた。

確かに土田は今、金子に言わずにいることが1つあった。アルバイトに入る日を極力増やしている
のも、それが原因だ。それは、決して金子に対して不誠実な理由によるものではない。
だが――今は未だその理由は言えない。現時点では確実性がないからだ。実現するかどうかも
分からないものを言ってしまう訳にはいかない。それを確実にする為にはもう少しアルバイトの日
にちを増やさなければならないが、こればかりは自分1人の希望でどうにかなるものでもない。そ
れに、無事アルバイトを順調にこなせたとしても、色々と準備すべきことがある。

自分にはあまりこういう経験がないから、少々手間取っているのも事実だ。金子に相談すれば、選
択は確かだろうし、自分よりも遥かに手際良くことを進めてくれるだろう。
だが、金子には未だ今は言えない。言えないのならば、せめてもっと上手くそのことを隠せれば
良かったのだが……金子は勘がよすぎる。もちろん、自分が嘘をつくのが下手だということもあ
るが、今回は極力それに繋がるような話題は避けたつもりだった。それなのに……困ったことに、
どうも金子にはバレてしまうようだ。

そんなだから、結局うそつきだと思われ、金子を驚かせる前に怒らせてしまった。


――ここ数日は、口をきいてくれないかもしれんな……。

土田は、今後暫く起こるかもしれない厄介な状況を考えては、頭を静かに横に振り、溜息をつくの
であった。






TO THE CHAPTER 2 : WAITING FOR THE BLOOM OF ROSE 3


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