CHAPTER 1: FLOWERS OF LOVE 〜戻りえぬ瞬間―昭和の記憶 2


”土田。いつも俺が買ったり借りたりしてるから、俺の好きな映画ばかり観てるだろう。たまにはお
前の好きな映画を借りてこいよ。そうだな……今夜のバイト帰りにでも。それで、明日の日曜日に
観よう”


そう提案したのは、勿論俺だ。
元々映画観賞を趣味としている自分は、よくDVDを借りたり買ったりしている。だが土田の場合、映
画は好きでも嫌いでもない、という程度でしかない。いや、それ以前に、土田ときたら映画が云々
以前の問題として趣味といえば、特技でもあり、人生の1/3位のエネルギーを注ぎ込んでいると思
しき剣道位のもので、あとはアイドル日向要の関連グッズとお酒さえあれば、ことは足りるという
状態なのだ。

その極めて幅の狭い趣味の世界もどうかと思うが、それはともかく、そんな土田が、何故か俺が
映画を観るというと、最近よく付き合ってくるようになった。特に何かを言った訳ではない。
いや、前に一度、たまには付き合え位のことは言ったような気がするが、何も毎回付き合えなどと
言った覚えはない。
だが、土田の方は腹を括ったのか――そんなどうでもいいところで腹を括る位なら、俺達のこの
関係に対していい加減括ったらどうだと思うが、当然そんなことは言えない――それからという
もの、家に居る時は、大抵観に来るようになった。

となると、当然自分としても、たまには土田好みの作品も観た方がいいんじゃないかと気を回して
しまう。それに、土田がどんな映画を借りてくるのか興味もあった。という訳で、冒頭のような提案
をしてみたのだ。

土田は、分かったと一言答えて、バイトに出かけた。
――尤も、その日の夜は土田が借りてきたDVDよりも、土田自身にちょっかいを出すことの方が楽
しかったので、すっかり忘れて放置していたのだが。





『ああ、もしかしてこれ、昨日借りてきたヤツか?』

DVDの存在に気づいたのは翌日曜日の昼食を終えて、何気なくリビングのソファに座った時だっ
た。土田が借りたDVDはレンタルの袋から出されてTV台の上に置かれていた。

「――ああ、そうだ」

ダイニングから入って来た土田は、自分でもその存在をすっかり忘れていたのか、俺の指し示す
方向を確認してから頷く。

『2枚か、丁度いいな。今から観よう』


2枚のDVDを確認してみると、1枚目は近代ではあるが、一種の時代劇だった。明治維新後の、目ま
ぐるしい社会変化の中で、主人公の元武士の男が葛藤し、剣の道を極めていくことで己の人生の
迷いを克服し、己の進むべき道を見定めていくという筋書きで、まあ土田が好むであろうと思わ
れる、ある意味想像通りの内容だ。

それに比べて2枚目は――戦争映画だった。
別にとりたててどうということはないのだが、こちらは何か意外な気がした。確かに、土田には昔
気質な男らしさがある。それに土田が打ち込んでいるのは剣道だから、いわゆる”チャンバラ系”
は好きだろう。だが、2枚目のこれは、太平洋戦争の話だ。当然、刀(剣)一本で爆撃に太刀打ちし
ようとしている話――それはそれで、すごい話だが――ではないはずだ。基本的に文系が少々
苦手な土田が、こんな渋い歴史ものを借りてくるとは思ってもいなかった。

とはいえ、好きなものを借りて来いと言ったのだから、どんなものであっても文句を言うつもりは
ない。
とりあえず比較してみて、より重い内容と思われる太平洋戦争ものを後に観ることにして、最初に
時代劇を観た。
内容は、まあ悪くはなかった。さすが土田が昔、剣道を続けるにあたって影響を受けたというだけ
あって、迫力十分の剣さばきが随所に出てくる。しかも話が渋い。女ッ気がやたら少ないのだ。出
てくる女と言えば、主人公の奥さんとか、陰ながら主人公を応援している親友の妹位なのだが、こ
れがまた、どちらもたまにしか出てこない上に、扱いが地味。正に剣の道に女は不要、と言わんば
かりで、土田の奴、本当に俺に襲われるまではストレートだったのかと訝しんだ程だ。
だが、そういう意味でツッコミどころ満載(?)な映画ではあったが、確かに話は良く出来ていた
し、武道のシーンは迫力があった。だから、それはそれで楽しめたと言えるだろう。


問題は2枚目だ。

『じゃあ――次、観るか』
「ああ」
『この時代に興味でもあったのか?』

DVDを入れ替えながら、何気なく聞いてみる。

「そういう訳ではないが」
『アルバイトの可愛い女の子に薦められて、つい借りちゃったとか』
「……馬鹿を言うな」
『アダルトコーナーに入り損ねて、つい適当にその辺にあったものを掴んだとか』
「怒るぞ、金子」

ソファに戻ると、憮然とした土田が腕を組んでいる。尤も、この男にとってそれは冗談に対する突っ
込み程度の反応な訳だが。だから、そのぎゅっと閉じられた唇に口付けた。

『冗談だ、分かっているだろう?』

にやりと笑ってやったら、土田の顔は益々苦虫を噛み潰したような表情になった。





2作目のその映画は、かなりドキュメンタリーを意識して作られたものだった。画面の暗さからいっ
て、大分前に作られたものだろう。ところどころにリアルな画像が入っている。
話は、まるで太平洋戦争前後の当時の時の流れを、早回しに伝えるように進んでいった。
国全体が戦争もやむなし、という空気になっていく。無謀だという反戦の声は大きなうねりの中
でかき消され、とにかく一気に決着をつけようと意気込んで戦争に突入する。序盤の勝利に酔う、
国全体の歓喜と盛り上がり。だが、状況は日々変化し、当初の予定はどんどん崩されていく。国民
に知らされる勇ましい戦況と対比して見せ付けられる、戦地での現状。
先の見えない状況は一般市民の生活を徐々に悪化させていく。解決法もなく、勝利の確信もなく、
まるで糸の切れた凧のように日本という国は大きな運命の波に飲まれていく――そんな情景が、
まるで第三者の目を通したように、淡々と描かれている。

そこにあるのは、軍部の上層部よりも遥かに冷静に現状を判断していた下級軍人の目を通した、
かつての日本の姿だった。

『…………』

――正直、気が滅入った。
よく出来た映画だった。人の気持ちを滅入らせるということは、それだけ戦争の実情を、残酷さを
上手く描いているからだ。まるでドキュメンタリーのように現実味があり、実際の映像も交え緻密
な検証の下に制作されたのだろう。だからこそ、余計悲惨さが伝わってくる。

自分は、別に極端に偏った政治思想など持っていない。戦争に対してだって、軍備にしたって、そ
の立場や時勢によって色々と考え方はある訳で、その中で特別に何かを主張したい訳でもない。

それだけに、この映画を観たからといって、だから戦争は断固反対なのだとか、逆に日本は再び
敗戦国にならない為にも強くならなければいけないのだ、などと言うつもりもない。

ただ感じるのは、逆らえぬ運命の悲しさと、動かせない現実を前にした一人一人の人間の無力さ
だけだ。

この時代に生まれたら、自分だって否応なしにそういった状況に放り込まれるだろう。そして、自
分だけ素知らぬ顔などしていられない。そんなことは不可能だし、自分と、自分の知る者全てが
巻き込まれない方法など一つもない。



俺は、ふと隣りの顔を見た。
真っ直ぐに画面を見詰める、土田の横顔。それはまるで、現実を目を逸らさずに直視しているとで
もいうような、真剣な表情だった。





『――少し意外だったな』

観終えて、土田の顔をチラリと見る。

「何が」
『いや、お前は確かに剣道はするが、戦争や争いというのとは違うと思っていた』
「戦争映画が好きな訳ではない」
『じゃあ、どうして太平洋戦争の映画なんだ』
「どんなものか、一度観てみようと思った」
『――つまり、そう思ったきっかけは何かあるんだろう?』

土田は必要最低限の言葉しか発しない。だから、こちらが促してやらないと話の全貌が分からな
い時がある。


「お前の祖父は戦争に行ったか」
『?……いや、行っていなかったはずだな。確か戦争が始まった時は、未だ子供だったと言ってい
た気がする』
「俺の祖父もそうだ。だが、曽祖父やその少し後の年代はそういう時代だった」
『まあ、そうだろうな』
「実家に、その頃の手紙だとか日記みたいなものが残っていた。曽祖父の弟の遺品だそうだ。そ
れを、年末帰省した時に、初めて見た」
『曽祖父の弟って……随分遠いな。で、その人は軍人だったのか』
「ああ。海軍に居たらしい。その日記のようなものは、本人の知人が曽祖父の弟に渡したものらし
いのだが、その時期のことが色々と書いてあった。――随分と大変な時代だったようだ」
『あー……それで、具体的にはどういう時代だったのかと、確かめたくなったんだな?』
「そうだ」

全く、結論が出るまでが長いぞ、土田――とツッコミを入れたいのはやまやまだったが、それより
も、映画の最中に見た、土田の真剣な横顔の方が気になった。


『――お前ならば、軍人になるといいそうだな』
「?何故だ」
『何となく、だ。例え微力であっても、現状を黙って見ている訳にはいかんとか何とかって、思いそ
うだからな』
「……」

土田は自分の胸の内に問うように無言になる。
だが、土田自身よりも俺の方が答えは分かっている。土田ならば、恐らく己の内に棲む正義感を無
視出来ないだろう――この男は、そういう奴だ。


土田がこのマンションに引越してきたばかりの頃、道に迷ってマンションの入口の所に座り込んで
いる子供がいた。たまたまそこを通りがかった土田は、自分も越して来たばかりで道など分からな
いというのに、子供の曖昧な言葉を頼りに、家まで連れて行こうとした。
――結局どこまで行っても分からずに、土田は携帯で俺に助けを求めてきたのだが……一見した
強面はともかく、子供を見るお前の目は既に子持ちの親父みたいだったぞ、という感想はさてお
き、電話を受けて駆けつけた時、俺は思った。

この男は優しすぎるのではないかと。
確かに困っている子供の前を素通りするのは難しい。だが、それならばマンションの管理人にでも
交番の場所を訊いて、そこに連れて行けばいい。第一その方がよほど早い。
だが俺が行った時、子供は土田の手をしっかりと握っていた。子供は、この人ならばきっと自分を
助けてくれる、信じても大丈夫だ、と直感で感じ取っていたのだろう。
そして、自分の手をぎゅっと握られたものだから、土田は自分が何とかしなければと思ったに違い
ない。現実には自分まで迷子になりそうになっていたのだから、元も子もないのだが……。

困っている人間を無視できない――それは、土田の長所でもあり、短所でもある。
その気持ちは、恐らく自分との関係の最初の頃にもあったのではないかと思う。この家に2度目に
きて、俺が土田を誘った時、この男は俺を拒否できなかった。振り切るには、少々人が好すぎた。
きっと、断っては俺が傷つくのではないかと気をまわし、挙句受け入れたに違いないのだ――


そんな男が、戦時という緊急事態に、果たして戦争は反対だ、俺は争いは嫌いなのだなどといっ
て、自分だけ逃れる気になるだろうか?
国の為にとかそんな大層な名分ではなく、自分の家族や友人、大切な者達の為に、自分に出来る
ことをしようとは考えないだろうか?

答えなど、聞かなくても分かることだ。



「金子?」

土田の肩に頭を乗せたら、土田は不思議そうな顔をしてこちらを見る。見上げたら、土田の漆黒の
目に自分の姿が映った。邪まな影など一つもない、澄んだ瞳の中に――

『――いや……平和な時代に生まれたことに、感謝しなければ、と思ってな』
「……そうだな」

土田の目が、少し優しくなる。その顔に、胸の辺りが熱くなった。


――本当に、良かった。

俺は土田の体温を確かめるように、さらに体を寄せた。


きっと俺ならば、軍人になった土田を来る日も来る日も待ち続けることなど、耐え切れなかっただ
ろうから……



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