EPISODE 10 :


「――トモモリ。タイラノフは、危ねえのか?」

フローリングの床に足を投げ出して、窓の外の景色を眺めていたマサオミが、ふとベッドに寝そべっていたトモモ
リの方を見る。

『危ない、とは?』

トモモリは、マサオミの問いにも軽く目を閉じたまま答えた。

「……つぶれるとか、そこまでのことじゃねえとは思うけど、早々にアメリカに戻ったと思ったらいきなりNYに飛ん
だり……とりあえずこれって、普通の状態じゃないんだろ?大体お前、タイラノフ名義で持ってる豪勢なアパー
トにいつもなら滞在するんだろ?なのにこうやって、別のアパートなんて借りたりしてさ……」


トモモリはここ数年、年に何度かアメリカに仕事で滞在しているのだと前に聞いた。そしてLAにはコンドミニアム
を、NYにはアパートをそれぞれ持っているのだと。
だが、急遽NYに飛んだ3人は、タイラノフ名義で所有している高級アパートには寄らず、ツネマサが事前に手
配しておいたNY郊外の短期滞在用のアパートに直行した。


『……』

トモモリは、そのまま眠りに入ったかのように、目を閉じたまま黙っていた。

「トモモリ、聞いてんのかよ?」

マサオミはトモモリの口を開かない様子にしびれを切らして立ち上がると、寝転んでいるトモモリの傍まで来て、
その肩を揺すった。

「お前、飛行機で俺がツネマサに言ってたこと、聞いてたんだろっ?お前たちの力になりたいって言ったのを」

トモモリは、ゆっくりと目を開けて、マサオミを見上げた。

『――クッ……そんなに熱くならずとも、お前はもう、十分タイラノフの一員として動いているじゃないか……』
「それは、ただお前らの傍にいつも居るってだけだろ?俺は、何が今自分の周りで起こってるかも知らないんだ
ぜっ?」
『――役に立ちたいというのなら……知らない方がいい場合もあるさ』
「?どういう意味だよ?」
『知らなければ……いざという時、お前自身が巻き込まれずにすむ。それに、俺も余計な心配をせずにすむ』
「……それって、俺は秘密を守れないってことかよ」
『お前がそう簡単に話すなどとは思っていないさ。――だが、相手が悪いからな……』
「相手って、誰だよ?それ位聞いたっていいだろ?俺は内容についちゃ何にも知らないんだから」
『――タイラノフは大きいが……敵わないものもあるさ』
「タイラノフより大きいものってことか……?……あ、まさか……ロ――」
『マサオミ。――ロシアに行って、分かっただろう……?お前は、居るだけで我ら一族にとっては励みになる、と
……』
「……だけど、そんなの……」

トモモリの手が伸びてきて、首の後ろにまわされると、そのままぐっとトモモリの方に寄せられた。
鼻先同士がつきそうな位に近い距離で、トモモリはマサオミをじっと見つめ、そして少し掠れた声で呟く。

『少なくとも……お前は、俺の役に立っている。恐らくお前の想像する以上に、な……』
「……トモモリ……」
『――それだけでは……不満か……?』

トモモリはずるい、とマサオミは思った。そんな風に言われたら、もう何も反論できない。俺に話す気はない――
それがトモモリの本音。でも、きっと今の言葉も嘘という訳ではない。自分の存在自体がトモモリの役に立つと
信じるなんて、ちょっと自意識過剰だとは思う。だけど、トモモリの表情から、声から、その場しのぎの為だけに
言った言葉ではないと思える。

『マサオミ……』

そう呟いたトモモリとの距離が、近づいていく。

ああ、またキスされるんだな――そう思った。

首に回された腕の力で引き寄せられて、俺は上半身ごとトモモリの身体の上に乗った。そして予感した通り、
口付けられた。キスされると分かってたのに、そのまま何もしなかった。想像がついていたのに、不意に横を向い
て拒むことだってできたのに――そうしなかった。

俺を引き寄せるトモモリの腕が力強かったからだとか、そのしぐさがごく自然だったからだとか、トモモリが真面目
な顔をしていたからだとか、そんな風に後からはいくらでも言い訳はつけられる。
だけど、結局の所一番の大きな理由はトモモリのせいなんかじゃなく、自分にあった。俺には、拒む気がなかっ
たのだ。合わさる唇も、背中と首にまわされた腕も、ほんの少しひんやりとしたトモモリの体温も、心地が良い。
それどころか、もしかしたら自分はこうなることを望んでいたんじゃないかとさえ思う。



2LDKのこのアパート――
ツネマサは、俺の好きにして構わないと言った。
トモモリは、自分と同室でいいと言った。
俺には――ツネマサと同室、トモモリと同室、そしてリビングのソファをベッド代わりに使うという3つの選択肢が
あった。

「マスターベッドルームはトモモリ1人で使うには広すぎじゃねえか?ベッドだって馬鹿デカイし」

そう言って、俺はトモモリの部屋を選んだ。
ずっと行動を共にしていたから、トモモリの傍に居ることに慣れてしまったというのはある。居ないと、何となく落
ち着かないような気になるというのもある。だけど、それならリビングのソファで寝たって、ツネマサと同室だって、
大差ない。ただ、トモモリが同室ではなくて隣りの部屋に居る、というだけだ。LAのコンドミニアムでも、ロシアの
トモモリのアパートでも、当然ベッドルームは別々だったのだから。
だけど、俺はほんの少し迷って、結論を出した。トモモリと同じ部屋がいい、と。





『――不安か……?』

トモモリは驚く程の優しいキスだけで俺の唇を解放すると、そのまま抱き締めてきた。肩の辺りに顔を押し付け
られて、苦しいから少しトモモリの方を向く。

「……そんなんじゃねえよ……」

先の見えない不安、タイラノフの……いや、トモモリの将来についての不安、そして自分自身もこの先どうなっ
ていくのかということへの不安――そういうのは勿論ある。だが、それをトモモリに言ったところで、トモモリに余計
な心配をかけるだけだ。

『――マサオミ……お前のことは、この俺が守ってやる。この命に替えても、な……』

マサオミは、その言葉にドキッとした。何故か、そこに妙な現実味を感じたのだ。
だから、マサオミは顔を上げてトモモリを見た。

トモモリの、何の表情も見せない顔――それが、俺と目線が合うと、ゆったりとした不敵な笑みに変わっていく。

「何言ってんだよ、トモモリ……」
『……クッ……弟としての心得、というヤツだ』
「馬鹿、俺はお前の兄貴じゃねえだろ」
『ああ……兄弟以上の関係になりたい、ということか……?』
「違うっての!」
『――そういうことだから、お前は安心して俺に体を預けろ』
「勝手に話を完結させるな!全くお前は……!」

トモモリが、いつものように少々意地悪く笑う。

――誤魔化すなよ、トモモリ。どうして、そうやって自分の本音すら誤魔化すんだよ。俺は、守られる存在にな
る為にお前の傍に居るんじゃない。ただ何も分からずに、お前の話相手をする為だけにここに居るんじゃない。
俺は、お前の役に立ちたい。自分の身は自分で守るし、いざとなった時には――お前のことだって守りたい。
確かに俺はお前みたいに軍隊で鍛えた訳でもないし、ケンカ慣れしてる訳でもないけど、守るっていうのはそう
いうことだけじゃないだろ。俺は俺のやり方で、お前のことを守れるようになりたい――

マサオミは、無意識の内にトモモリの鎖骨の辺りに顔を埋めると、トモモリの肩を抱いた。


「俺はお前の兄貴なんだろ?……だったら――俺がお前を守ってやる。それこそ、お前が俺の前に立とうとし
たら、それを押し退けてでも俺が前に立つ。――お前には、負けないからな」
『……負けず嫌いだな、兄上は……』

トモモリの声が小さく聞こえた。ほんの少し、いつもとは違う声色。
多分、言葉とは裏腹なトモモリの気持ちが俺に分かったように、トモモリにも俺の気持ちが伝わったんだろう。


誰でも強いばかりではいられない。トモモリだって、それは例外じゃないはずだから…………ん?

「……」
『――どうした』
「……」
『……マサオミ?』
「……おかしくねえか?」
『何が……』
「今、俺達結構いい感じだったよな」
『仲が、深まったのだろう?』
「ああ、そうだ。俺だって、ちょっと感じ入るものがあったんだぜ?」
『それは、俺だって感じたが……?』
「いや、だからお前の感じるってちょっと違うだろうよ!」

ついさっきまで、俺は本当に感じ入るものがあった。また少しトモモリのことが見えて、嬉しかった。少なからず感
動さえしてたのだ。
なのにこの男は、よりによって俺とは違う方向に感じ入ってたらしい。

いつからなのか分からないが――ソレは、俺の太腿に当たって存在を主張していた。

『普通の、生理現象だろう』
「どこがだ!どうして今の話でアソコが硬くなるんだよ!?」
『そう熱くなるな……仕方ないだろう?お前のせいなのだから』
「俺のせいにするのかよ!?」
『お前こそ……溜まっているんじゃないか……?』

そう言ってトモモリがいきなり俺と重なっている方の足の膝を少し立てたものだから、思わず腰が浮きそうになっ
た。

「ちょ……おい!」
『いい反応じゃないか……』

トモモリは俺の反応が楽しかったのか、調子にのって足を揺らした。

「だーッ!止めろって…!」

思わず膝を立てて、慌てて腰を上げた。トモモリが、身体を起こした俺の腰を掴んだものだから、逆にトモモリの
硬度を増したところを手で押さえて反撃してやった。

『……クッ……そんなことをして、責任は取ってくれるんだろうな……?』

「!ばーか、自分でどうにかしろっ!」

『無責任だな、マサオミ。男、だろう?』

「お前だって男だろっ。男らしく1人で戦え……っ!」

『男らしさと、自慰は無関係、だろう……?』


そこへ――

「トモモリ様、マサオミ殿、夕食の支度が…………っ!!」

気づいたら、部屋のドアを開けたツネマサが、入口に立っていた。恐らくその前にドアはノックしていたんだろうが、
全く気がつかなかった。ツネマサの唖然とした顔に、ハッとして自分達の現状に目線を移す。

ベッドの上で相手の身体を押さえつけて、互いの息子を掴み合いしている大の大人の男2人――トモモリの
上に乗る俺のシャツは背中がめくれ上がってたし、トモモリのシャツは胸元から肩にかけて大きく肌蹴てた。

明らかに、○モがいちゃついているようにしか見えない……


「あ、その、ツネマサ、俺達はふざけてて……っ!」
『タイミングが悪いな、ツネマサ』
「!お前、誤解を助長させるようなこと言うなよっ」
『クッ……どんな誤解だ……?』
「この野郎……分かってるくせにっ」
『いや……分からないが……?』
「っ!って、トモモリっ!ドサクサに紛れてケツを触るな!」
『ああ……感じたのか?』
「バ……っ、俺がいつ……っ!」

「そこまでにして下さい!!」

ツネマサの声に、マサオミの声はかき消された。

「夕食の支度が整いました。私は先に頂きますので、お二方はお好きな時にどうぞ。お邪魔をして申し訳あり
ませんでした」

ツネマサは、全く……と言わんばかりの溜息の後一気に台詞を言ってしまうと、一礼して部屋を出て行った。


「……」
『……』
「なあ……俺達、ツネマサに物凄く呆れられたんじゃねえか……?」
『さあな……別に、どちらでもいいんじゃないか?」
「……はあ……お前ってホントにマイペースだな。一緒に居ると、一々気にしてるのが馬鹿らしくなってくる」

何だかすっかり白けたから、俺はトモモリの上からどいて立ち上がろうとした。すると、トモモリが立ち上がりかけ
た俺の腕を掴む。

「何だ?まさか、まだふざけようって――」
『マサオミ。――俺は……』

俺を見上げるトモモリの顔を見て、一瞬ドキッとした。
自分と相対する時はいつだって、いや、誰といつ相対する時だってトモモリは自分の弱さを見せなかった。いつ
も表情1つ変えず、余裕を失わなかった。だが、一瞬見せたトモモリの顔は、今まで見たこともないような表情
をしていた。何か複雑な思いを抱えていて、それに困っているような、そんな顔だった。

「……トモ……」

一瞬見せたその顔がやけに気になって、口を開きかけたその時――再度部屋のドアが開いた。
顔を上げると、ツネマサが立っている。その顔は、何故か少し青ざめているように見えた。

『――どうした、ツネマサ』

背後からトモモリの落ち着いた声が聞こえてきた。再び振り返ると、トモモリは既に上半身を起こしている。
その顔はいつも通りの表情に戻っていた。

ベッドから降りたトモモリがツネマサの傍に近寄っていく。
マサオミは、2人が自分に背を向けて話す様子を、少し離れているベッドの上に腰掛けて見ていた。トモモリた
ちと一緒に行動していても、結局自分はいざという時には外されてしまう――トモモリの、自分は傍にいるだけ
で役に立っているという言葉に一度は納得したけれど、やはりこういう光景を見ると疎外感を感じた。





『――マサオミ』

暫くして、ツネマサが出て行くと、部屋のドアを閉めたトモモリが振り向いた。

「ああ。で、どうするって?」

どうせ何の説明もなく、これまで同様、ただ今後の行動に対する指示だけを短い言葉で伝えるのだろう。そう
思ったから、マサオミはトモモリの顔も見ずに立ち上がると、落ちかけていたベッドのブランケットの端を拾い上げ
た。

『叔父が、連行された。恐らく数日中に、叔父が代表を務める会社は財産を全て差し押さえられる。まあ、あ
る程度予測は立てていたがな……どうやら、シミュレーションした中でも、最悪のパターンになりそうだ。あとは、
どれだけその速度が速いか、だな……』

トモモリは、ごく当たり前のように話の内容を打ち明けた。
それがあまりに自然だったから、俺は驚いて、ブランケットの端が手から滑り落ちたのにも気づかずに、体を起こ
してトモモリを見つめた。すると、トモモリは何もなかったかのように自分に近づいてくる。

『――ロシアで、立ち聞きした電話の内容を覚えているか?』
「え……?ああ、俺の名前を使ってどう……てヤツだろ」
『あれは、お前の名義で作った口座の話だ。株取引のためにとお前に投資する時、作った口座があっただろう
……?――悪いが、あれを貸しておいてもらう』
「それは、別に構わねえけど……だけど、どうしていきなり……」
『――それから、あれとは別にもう1つお前の名義で口座を作っておいた。こちらの方に、投資した10万ドルと、
お前が株で出した利益の1600ドルが入っている』
「だから、それが一体何だって……」
『――それがあれば、アパートを借りて、職を見つけるまでの足しにはなるだろう……?』
「……は?」

一瞬、トモモリの言葉が理解できなかった。

『ここから先は――別々だ』
「な……」

あまりに唐突で、驚きすぎて、声が出なかった。
トモモリの美しく整った顔が、いつものように微笑む。不敵で、余裕たっぷりに。
だがマサオミには、その笑みは見えなかった。
トモモリの瞳の奥だけしか、目に入らなかった。
薄い紫色を放つ瞳の奥が――マサオミにはもやがかかって見えた。





TO THE EPISODE 11



一切ノ無断転写・転載ヲ禁ズ
Copyright(c) Hydri and its licensors. All rights reserved since 2005.

inserted by FC2 system