EPISODE 11 :


――ふざけるな。馬鹿にするのもたいがいにしろ。そんな施しみたいな金、俺が受け取るとでも思ってんのかよ?
さんざ人を振り回して、NYまで連れて来て、”はい、さよなら”なんて、俺が黙って引き下がるとでも思ってるの
か?どこまで自分勝手なんだよ、お前は――

そんな台詞が喉元まで出掛かった。仮に喉の辺りでつっかかったとしても、そう思ったことに変わりはない。事実、
そう言ってやりたかった。きっと、今までの俺なら言ってた。結局のところ、現状と、相手の言葉こそが突きつけ
られた事実の全てなのだから、納得のいかないことに反論するのは当然だ。ましてその反論には、根拠もある
のだから。

若しくは、こんな風に言ったっていい。

――ああ、そうかよ。俺だってもう何も教えてもらえずに、ただ振り回されるのにはうんざりしてたんだ。丁度いい
機会だよな。金は有り難くもらっておくぜ。今までさんざ俺を振り回して、利用してきたんだから当然だろ?

そう言ってしまえば、ある意味あいつは気が楽になるかもしれない。俺がそういう気ならば、あいつも遠慮なく俺
を切り捨てることができる。自分のことに専念できるようになる。俺の悔し紛れの言葉で、あいつと俺、双方の
気持ちを軽くすることができるのなら、それもまたいいかもしれない。

だが――結局俺は、そのどちらも言えなかった。

ツネマサが部屋に来る直前に見せたトモモリの表情――俺の名を呼び、行こうとした俺の腕を掴んで、何か
を言おうとしていた。自分は何を言おうとしているのかと、そんな自分自身に戸惑いながらも、何かを言わずに
はいられないような――そんな顔をしていた。

――あの時、トモモリは一体何を言おうとしていたのか?

そして、決別の言葉を告げた時のトモモリの瞳の奥に揺れていたもの――それが何かは分からない。けれど、
トモモリはあの時、何かを思い、何かを決意していたように見える。いや、もしかしたら何かを悟ったのかもしれ
ない。

いずれにしろ、俺はトモモリの言葉に、その目に、ただ瞬間的に絶句した。色んなことを一瞬の内に考えたけど、
結局何をどう言ったらいいのか分からなかった。こんな風に切り捨てられることに腹が立ち、悔しいと思う気持
ちと、トモモリの真意を思う気持ちが相反して、自分でも混乱した。
だから――俺はただ、無言で部屋を出た。

下手なことを口走るのも嫌だったし、冷静さに欠けたままでトモモリを問い詰めるのも嫌だった。
だけど何よりも、あいつの顔を見ているのが辛かった。相反する気持ちを抱えて、どうしていいのか分からなかっ
たから、あいつの傍にいたくなかった。



「マサオミ殿?一体どこへ……!」

リビングを突っ切って、そのまま玄関に向かうと、背後からツネマサの声がする。だが、俺はそれさえも無視して
アパートの部屋を出た。

――あいつと居た時間は、一体何だったんだよ?俺は、どうしたいんだよ?

答えが見つからないままに、ただ問いだけが頭の中を回ってた。







初めて来たNYは、ロサンジェルスとは全く違う都会だった。
物凄い田舎から出てきたんじゃないから、大都市の雰囲気に驚いた訳じゃない。だけどアメリカは広い。場所
によって雰囲気がガラリと変わることはよくある。そういう意味で、NYはまた、今までに自分が知る町のどれとも
違うような気がした。


――LAより、こっちに来てた方が良かったのかもな……マンハッタンの繁華街はコンパクトにまとまってるから、
動きやすいし、衣食住も便利だったかもしれない。

NYならば、ダウンタウンを探せば食べ物屋も安ホテルも、簡単に見つかりそうに見えた。殆どお金のないままに
ヒッチハイクしてきた自分のような人間でも、この町ならば途方に暮れることはなかったかもしれない。
それに、最初からNYに来ていれば――トモモリと出会うこともなかった。出会ったあの時、トモモリはLAに居た
のだから、自分がNYに来ていれば当然会うことはあり得ない。そうすれば、こんな風に思い悩む必要もきっと
なかっただろう。

マサオミはそんなことを考えて、ふと気がついた。

――……俺、そういえば、どうしてこんなに考えてるんだ?

ここまできて、マサオミは初めて自分がその根本的な疑問を今まで持っていなかったことに気づいた。

考えてみれば、ここまで思い悩む必要が、そもそも自分にあるんだろうか。自分は元々タイラノフとは何の関係
もない。ただ、シゲモリに似ていると言われて付いて行ってただけだ。
だがシゲモリに似ているのは、あくまでタイラノフの問題であって、似ていようが似ていまいが、マサオミの人生に
は全く関係がない。
タイラノフに今起こっていることだってそうだ。一緒に行動しているからあれやこれやと気に揉むんであって、一緒
に行動しなくなれば、自分にはもう何の関わりもない。タイラノフがどうなろうと、知ったことではないのだ。だって、
シゲモリではないただのマサオミ・アリカワは、タイラノフとは何の縁もないのだから。

――関わりが、ない。……そう、だよな……俺、何の関係もないんだよな……。

自分はただ、役に立てなかったことが、そうする機会が与えられなかったことが悔しくて、それでこんなに考えてい
るんだろうか。単に気まぐれみたいに利用されたと腹を立ててるのか。それとも、もう自分は半分シゲモリになっ
たような気になってたのか。タイラノフの一員にでもなった気でいたのか。

だから、腹が立つのか?

どれも、遠からず当たってはいる。自分が抱えている後悔や怒りはそれで説明がつくだろう。
だけど――今考えているのは、そんなことだけではなかった。

今、頭から離れないのは――トモモリのことだ。
そして自分の心がこんなに沈んでいる理由は、どんな状況の変化のせいだとしても、そのトモモリに自分が切
り捨てられたからだ。

いつの間にか自分は、トモモリの傍に居ることが当たり前になっていた。今だって、トモモリのことを考えるだけで、
自然と足がトモモリの居るアパートに向かってしまいそうになる。もうガキの年齢でもないのに、こうして1人で居
ると何か物足りない気持ちになる。身体の一部を、あのアパートに置いてきてしまったような気になる。

――……て、重症じゃねえか、俺。いつからこんな感覚を持つようになったんだよ?いつから、トモモリなんかに
そこまで親近感抱いてたんだよ?

親近感――この言葉が相応しいのかどうかも分からない。だけど、他に相応しい言葉が見つからない。

――他に一体何があるっていうんだよ?

マサオミは、そう自分に問いかける。

他に相応しい言葉があるのか――分からない。
もしあったとしても、それが何なのかを解明する程の気持ちの余裕はなかった。




「ああ、良かった……ここに居ましたか……!」

ハッと気づくと、あちこち探し回っていたのだろうか。肩で息を切らしたツネマサが、心底安堵したような表情を
して傍に駆け寄ってきた。

「ツネマサ……俺を探しに来たのか?」
「勿論です……あんな風にふらりと出て行かれては、心配するなと言われてもしてしまいますよ」

――俺はもうお前たちとすぐに別れるのに、どうして探しになんて来るんだよ。このまま出て行ったとしても、もう
どうってことないはずなのに――いや、そうじゃないんだよな、ツネマサ。
俺のことを、もう完全な他人だとは思ってない。例え離れ離れになるとしても、俺がシゲモリでも、その生まれ
変わりでもなかったとしても、俺はもう赤の他人なんかじゃない。だから、心配してくれる。探しに来てくれる。

いつも物腰が穏やかで、物静かなツネマサ――そんな彼が、よほど慌てて探し回っていたのか、汗で前髪が
乱れていて、少し息が切れていた。


「……そっか……ごめんな」

マサオミは、ツネマサの肩にポンと手を置いた。

心の整理が完全についた訳じゃない。まして、現実は何も変わっていない。
だけど……

――結局、俺はこいつらを恨むことなんてできないんだよな。ツネマサのことも、タイラノフの連中も……そして、
一番自分を振り回す男、トモモリのことも――ツネマサが、こうして自分を探しに来てくれたように、俺もまた、
例え今後離れ離れになるとしても、もう他人事でいられる訳がない。どこにいたって、心配することになるだろう。
ツネマサや、トモモリのことを……。

「あれ、そういえば、お前1人?」
「え?あ、いや、その……」
「――どうせ、あいつは探しに出る気もないんだろ。全く、ホントに冷たい奴だな」

そう言ってあからさまに溜息をついたら、ツネマサは気落ちするように目を伏せる。

「――ルーリック様は、ああ見えて、きっとかなり落ち込んでおられますよ。決してそういうところをお見せになら
ない方ですが、幼い頃から知っている私には、分かるのです」
「え?」
「あの方は、誰よりも貴方に拘っていた。貴方に初めてお目にかかった、あの時から……」



あの時――実はツネマサを始め、トモモリ以外のみんなは、俺を家に連れ帰り、トモモリの傍に置くことについ
て反対していたらしい。確かに俺はシゲモリによく似ている。だけど、実際には別人だ。ただ似ているというだけ
の理由で素性の知れない男を傍に置くなど、危険だということらしい。
それは、確かにそうだろう。殆ど無一文に近い、ツネマサ達にしてみれば、胡散臭い外国人の俺を、いきなり
寝室まで自由に出入りできる程、タイラノフの御曹司であるトモモリの傍近くに置くなど、確かに普通じゃない。
それなのに、トモモリは俺を傍に置いた。

自分の身に何があろうとも、最終的に責任を取るのは自分自身だけだ。だから自分のすることに、文句は言
わせない――反対する周囲に、トモモリはそう言い放ったらしい。



「……ロシアにお連れした時もそうです。貴方の存在は、よくも悪くも貴方に生き写しのあの方を知る人には
大きな影響を及ぼす。だからこそ、慎重に考えるべきではないかと私は言いました。ですが、ルーリック様は貴
方をお連れした。――確かに、貴方が居るだけで、我々は大いに励まされる。士気も上がる。ルーリック様は、
貴方をお連れすることのマイナス面よりもプラス面の方を重要と思われたのでしょう。だから、会長の葬儀にも
参加して頂いた。そういう意味において、我々は貴方に頼っていた。貴方に余計な重荷を負わせてしまった」

「俺は……別に大したことなんてしちゃいねえよ」
「――貴方はそう仰ると思っていました。ご自分の立場を、貴方は理解していらっしゃった。それなのに、貴方
は敢て何も言わずに従われた。私達はそれに甘えていました。ですが……誤解はしないで下さい。ルーリック
様は、貴方を利用しようとしていたのではないのです。確かに、我々にとって貴方の存在はプラスです。一族
の者達が早々に渡米する我らに反対した大きな要因の一つには、貴方の存在もありました。……ですが、
本当の意味で一番貴方を必要としていたのは、ルーリック様です」

ツネマサは、俺の視線から一切目を逸らすことなく、話し続けた。

「――私が貴方を探しに出かけようとした時、ルーリック様に呼ばれて、こう言われました」



”ツネマサ――そう言えば先ほど、俺を、何と呼んだ……?”
”え?…………あ、申し訳ありません……っ、つい……っ”
”――分かっているだろう?俺を、そう呼んでいいのは、今は1人しかいない。他の誰にも、許す気はない”


「……え?それって……”トモモリ”のこと、か?」
「はい」
「ちょっと……待ってくれ。あの名前って、そう簡単に呼んじゃいけないものだったのか?!」
「そうです。元々あの名はミドルネームですから、周囲の者も滅多に使っておりませんでしたが、といって仮にそ
う呼ばれたとしても、ルーリック様もかつては特に気にされてはいなかった。それが変わってしまったのは……ウラ
ジミール様……シゲモリ様が亡くなられてからです。幼少時に名付け親であったお祖母様が亡くなって以後、
ルーリック様を常に”トモモリ”と呼んでいたのは、ウラジミール様ただ1人でした。そのウラジミール様が2年前に
亡くなられたことで、兄上をとても尊敬されていたルーリック様にとって、あの名前は一種特別なものになってし
まった。ですから兄上の死後、それが誰であれ、ルーリック様はその名で呼ばれることを嫌い、一切許さなかっ
たのです。マサオミ殿、貴方がそう呼ぶまでは……」
「……だけど、俺は、そんな事情とか知らなかったし……それに、俺は、あいつをトモモリって呼んでたシゲモリ
によく似てるから、それで……」
「マサオミ殿……ルーリック様は、恐らくそんな理由だけで許されたのではないと思いますよ。ウラジミール様と、
貴方が別人であることは、あの方もよく分かっております。……むしろ、その違いを一番理解されているかもし
れない。――それだけ、貴方はルーリック様にとって特別な存在なのでしょう」

――俺は、知らなかった。あの名前にそんな意味があるなんて。だけど、考えてみれば思い当たることはいくつ
かある。フリーウェイで拾われたあの日、パスポートを見ながらあいつをトモモリと呼んだ丁度その時、ツネマサを
始め、トモモリの秘書も、運転手も、まるで咎めるような目で俺を見た。
だけど、トモモリ本人は一瞬目を見開いただけで、愉しそうに笑っていた。
ロシアで親父さんの病室に行った時もそうだ。俺がトモモリ、と呼んだ途端、トモモリのお袋さんも、叔父さんも、
驚いたような顔をして、俺を見た。
あの時はそんな事情など知らなかったから、みんなの反応の意味が分からなかった。トモモリも、名前について
一言も話さなかった。
俺がそう呼ぶのを、あいつは普通に受け入れてたんだろうか?トモモリのことだ、本当にそう呼ばれるのが嫌な
ら、そう言っただろう。だけど、あいつは何も言わなかった。俺がトモモリ、と呼ぶ度、あいつはどう思っていたのか?
”兄上”を思い出してたのか?もしかして――俺がトモモリと呼ぶから、あいつは俺を兄上と呼んだのか?
俺が――自分とトモモリの関係を、そこに封じ込めていたのか……?

「……ツネマサ、俺、帰る」
「え?」
「俺、トモモリと話さなきゃ……」

何故か、無性にトモモリの顔を見たくなった。いや、トモモリと話さなきゃいけない、とまるで第六感がそう指図し
てるかのように、胸の奥がざわついた。あいつは今、1人で何を考えているんだろうかと思うと、居ても立っても居
られなくなった。

――くそっ……結局傍にいようがいまいが、あいつのことが気になって仕方ねえんだ、俺は……。

そう思ったら、勝手に身体が動いて、気がついたら走り出してた。
またツネマサを置いて、1人で行ってしまったことにも気づかずに――





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