EPISODE 13 :


熱いシャワーの力は偉大だ。全身に浴びると、それだけで心までもが洗われていくような気になる――
マサオミは、目を閉じて熱いお湯を頭から浴びた。

普段、マサオミはあまりくよくよと考え込む方ではない。だが、それにしても今日は色々とありすぎた。ロシアから
ロサンジェルスに戻ったと思ったら、すぐにニューヨークに飛び、トモモリから決別の言葉を聞いたと思ったら、今
度は自分のトモモリに対する気持ちまで知ることになった。
自分に与えられる情報が限られているから余計なのか、何だか妙に疲れた気がする。

それなのに――


「狙いは、ルーリック様です。彼が連中の手に落ちれば、実質タイラノフは終わりです」
「連中って誰だよ?」
「一義的にはライバルの新興財閥です。だがその背後には――政府が、国がいます」

ツネマサの、追討ちをかけるような言葉が、頭の中で回っていた。


ツネマサは、自分がここに留まることについて何も言わなかった。トモモリが許可した以上、反対もできなかった
のだと思う。とはいえ、自分が加わることでツネマサもまた、今後について思うところがあったんだろう。トモモリが
シャワーを浴びている間に、断片的とはいえ現状について話してくれた。タイラノフ財閥が大きくなりすぎたこと
で、方々に敵を作ってしまったこと。トモモリの親父さんと後継者のシゲモリが亡くなったことで、抑止力がなくなっ
てしまったこと。そして、表には出せない情報を知る立場にあるトモモリが、狙われているのだということ――

トモモリは、タイラノフのことは殆ど自分には話してくれなかった。だから、何かあるのだろうとは思っていても、そ
れがどこまで切羽詰ったものなのか分からなかった。トモモリが何か知っているのだろう、とは思っていた。だから
アメリカに急いで帰国するのだろう、と。緊急にトモモリは何か対策を講じなければならないのだろう、と。
だが、トモモリ自身が狙われているとか、タイラノフの終焉までは想像していなかった。


――トモモリ……お前、なんで何も言わねえんだよ。俺のこと兄上なんて呼ぶくせに、ロシアにまで一緒に連
れてったくせに……俺にベタベタくっついてきて、何度もキスしてきたくせに……どうして、肝心なことは言わねえ
んだよ……。


トモモリのことがもっと知りたい――それが結局のところ行き着く、結論。何度も溢れてくるその気持ちに、マサ
オミ自身は未だ戸惑いつつも、もうそこから目を逸らそうとは思わなかった。





『随分と、長かったな……』
「は?」

シャワーを終えて部屋に戻ると、ベッドに寝転んでいたトモモリが、チラリと視線を流す。
確かに、シャワーを浴びるだけにしてはちょっと長かったかもしれない。時計を見たら、もう30分近く経っていた。

ツネマサが現状を話してくれたことを、トモモリは知ったところで別に怒りはしないだろう。自分がここに留まること
を最初に認めたのは、トモモリなのだから。
だけど――タイラノフのことを、いや、それ以上にお前のことを考えてた。そうしたら、いつの間にか時間が過ぎて
た、なんて答えられる訳がない。

「ああ。いや、ちょっとな」

だから適当な返事をして、部屋の奥にある自分のカバンのところに行こうとした。

『準備万端、という訳か……?』

ベッドの横を通りすぎようとした時、手首を掴まれる。見下ろすと、寝転んだままのトモモリが、からかうような笑
みを浮かべていた。

「準備万端ってどうい……」

そこまで言いかけて、ハッと気づいた。

「ちが……っ、馬鹿!何言って……っ」
『ククッ……意味は、分かってるみたいじゃないか』

――ああ……俺って馬鹿か?何トモモリが却って喜ぶような反応してんだよ。

そんなことを考えていたら、一瞬の隙を衝かれて腕を強く引っ張られた。

「っ!あぶね……っ!」

トモモリが自分の胸の方に腕を強く引き寄せたものだから、そのままトモモリの上に勢いよく乗っかりそうになって、
焦ってもう一方の腕をベッドについた。
俺が上半身にそのまま圧し掛かってくると思っていたのだろう。寸でのところで俺の体が止まったから、トモモリは
少しばかり肩を竦めた。

『つまらない、な』
「な……馬鹿言うな!大の男がいきなり胸に圧し掛かってみろ!息の根止められたいのかよ?!」

トモモリは、まるで意外なことでも聞いたかのように、僅かに目を見開いた。

『……それは、御免だな。お前のキスで窒息死、なら、少しは考えてやらなくもないが……』
「……。いや、それは考えるな。お前が窒息する前にこっちが窒息する」
『ああ……クッ……そうだったな……』

トモモリが口角を上げ、愉しそうに笑う。その姿は妙に色っぽいが、どうせロクでもないことを想像しているに違
いない。

全く――自分が狙われてるっていうのに、トモモリは暢気だ。まるでそんなことなど覚えていないか、どうでもい
いとでも言うように、相変わらず怠惰で、人をからかってばかりいる。
性質が悪い。勿論、それは最初から分かっていたことだ。だけど、何もこんなに完璧に忘れたような態度を取
らなくてもいいじゃないかと思う。勿論、ホントはトモモリは忘れてなどいない。十分に自覚している。だからこそ、
それを完全に隠してしまうトモモリが、口惜しい。


『……どうした……?共に、窒息死する気にでも、なったか……?』

トモモリの指先が、俺の頬を撫でてくる。それはまるで、感触を確かめるようにゆっくりと、舐めるように――俺
はその手を掴んだ。

「――トモモリ。約束、しろよ」
『……何をだ』

手を掴まれたトモモリは、そのことが不満だったのか、興味のなさそうな声で問う。

「……これからは、俺達は運命共同体みたいなものだろ。だから……ちゃんと俺にも相談しろ。俺はタイラノフ
の人間じゃない。でもだからこそ、お前たちよりも物事が客観的に見れる場合だってある。それにここはアメリカ
だ。俺の国だ。ここでは、個人の権利はそれがどんなに小さくても主張できるし、それが通る国なんだ。きっと、
それが助けになる時もある。だから……っ」

『……俺が、そんなに心配か?』

トモモリの目が、訝しげに俺を見上げる。何故俺がそんなにムキになるのかと、言わんばかりに。
だから、その目を真っ直ぐ見た。

「――ああ。お前に関わることは、俺にとっても大事だからな」
『……遠まわしに聞こえるが……それは、愛の告白か?』
「違うって言いたいとこだけど……まあ、否定はしねえよ」
『……どうした?随分と、素直だな……』

トモモリは、拍子抜けしたのか、少し意外そうな目をする。
俺は、黙って今度は自分からトモモリの胸の辺りに頭を乗せた。

「……俺だって、分かんねえよ……」

本当に、自分でもよく分からなかった。単純に、ほんの少し甘えたい気持ちもあったのかもしれない。だけれど
それも、もとを糺せば漠然とした不安からだ。なるべくトモモリの傍にいたい。目を離せない――そんな気持ち
からだ。

不思議と、トモモリの傍に居ることで自分にも降りかかってくるかもしれない危険については、何とも思わなかっ
た。そんなことよりも、トモモリが誰かに捕らわれることの方が、そして捕縛から逃れる為にトモモリが選ぶかもし
れない最悪の選択の方が、よほど心配だった。

――ああ……全く、何だってこんな厄介な奴を好きになっちまったんだろ……。

トモモリが誰かに捕らわれる前に、自分がトモモリに捕らわれてどうするんだ、と思う。


『マサオミ……』

トモモリの声が、何故か耳元の凄く近くで聞こえた。
肩を掴まれたなと思った瞬間、そのままぐるりと半回転させられて、茫然とトモモリの顔を見上げた。トモモリの
傍にいて、自分も体の力が抜けていたのかもしれない。だけど、その動作はあまりにスムーズで、素早くて、驚
く暇もなかった。


「……トモモリ?」
『誘ったのは、お前だろう?』
「?!俺は、誘ってなんかっ――」
『自覚がないとは……クッ……その辺の女より、よほど可愛い』
「なっ……」
『自分の行動を、女に置き換えてみろ……』
「?!」

――俺の行動?!
”遠まわしな告白⇒胸にもたれ掛かる”……た、確かにそうかもしれない。だけど、そもそも俺はそんなことは意
識していなかった。確かに俺はトモモリを好きだし、キスもしたし……て、待て。ま、まさか……?!

「!っ……!」

何てことを考えていたら、いつの間にかトモモリの手は俺のシャツの中に入っていた。


「ちょっ……ま、待てって、トモモリ!」

俺はその腕を掴んで抵抗した。当たり前だ。このままじゃ危険な予感――いや、予感どころかもうトモモリは実
行段階に入っているのだから、現実危機は目前に迫っていた。


『何故?』

トモモリは、心底分からない、といった顔で見下ろしてくる。

「だ、だから、俺にだって心の準備ってものがっ……や、ていうか、そもそも何でお前が抱く気満々なんだよっ?!」

そう、問題はそこだ。
確かにトモモリは好きだ。だけど、トモモリが男なら俺だって男――どう考えたって、どちらがどちらになるかという
問題は、男女関係と違ってすんなり自然に決まる訳がない。


『当たり前、だろう?』

それなのに、トモモリの顔は、明らかにそれは自然に決まっている、と言わんばかりだった。

「当たり前じゃねえだろ!俺だって、お前と同じだけの権利があるはずじゃねえか!」
『……マサオミ。お前は、分かっていないな。俺のようなサディスティックな男を抱いて、愉しい訳がないだろう?』
「そんなの自慢にもなんねえだろ!第一、そんなことが理由になるかって!」
『男を抱いた経験もないくせに……』

トモモリの呆れたような顔に、カチンときた。

「じゃあ、お前はあるっていうのかよ?!」
『まあ……上流階級の嗜み程度だがな』
「…………」

――何なんだよ、上流階級の嗜みって?それって、嗜むものなのか?!しかも階級とか関係あんのか?!
いや、それより”嗜み程度”ってどんな程度だよ?!ドコまでを意味してんだよ?!

「!あっ……だからっ、止めろって……っ!」

ちょっとでも考え込むと、トモモリはするりと手を差し入れてくる。一方の手を掴めばもう一方が、そちらを掴め
ば今度は首筋を舐められて、もう何が何だか分からない。

「あーっ、もうっ……トモモッ……!」


「ルーリック様!マサオミ殿!」

ハッと気づけば、またもや自分達はベッドで悪ふざけ。そしてツネマサがドアの傍に立って、俺達をしかる――
て、何だか夕方にも似たような事があった気が……


ツネマサは、非常にバツの悪い顔をして少々目線を逸らしながらも、言った。

「あの……もう少し静かにして頂けませんか。実はお隣りから、苦情がきまして……」


「……おとなり?」
『ああ……そういえば、窓が開いていたな』
「は?!トモモリっ……お前……っ」
『忘れていた』
「馬鹿か!」
『まあ……大声を出しているのは、お前だけだがな』
「!!」

確かに、さっきから怒っているのは自分ばかり――最悪だ。


「くれぐれも、お願い致します」
「ああ……悪かった、ツネマサ」

隣りから苦情が来た時、ツネマサはさぞかし居た堪れなかっただろう。ツネマサの背中を見送りながら、ホント
にごめんな、と呟いた。


『どうも、邪魔が多いな』
「……おい、反省の色なしかよ」
『全く……』

俺の言葉をキレイに無視したトモモリは、気が抜けたのか隣りにごろんと寝転がって向こうを向いてしまった。

「…………なあ、トモモリ……」

俺は寝転がったまま、その背中におでこをつけた。

『なんだ』
「さっきの約束……忘れるなよ」
『…………』
「おい、忘れたなんて、言い出すんじゃないだろうな……」
『……ああ、忘れかけていたな……』
「馬鹿野郎……忘れるな。俺に、ちゃんと相談しろ。もし約束を破ったら……俺がお前を抱いてやるからな」
『……なんだ、それは……』

トモモリはその言葉に反応して、背中を向けながらも少々こちらの方に顔を向けた。

「約束を破らなければいいだろ」
『…………』

唐突に思いついて言っただけの言葉だったが、トモモリには効き目があったようだ。きっとこんな約束をしても、ど
こまで守られるのかは疑問だけど、何もしないよりはいい――マサオミは、少しだけ安心して目を閉じた。





――誰が、約束したと言ったんだ……?
トモモリはどうも腑に落ちない。だが、それよりもマサオミのその後の言葉の方が気になった。

――クッ……ならば、普段は俺が抱いていい、ということだな。

マサオミが自分を抱けるのは自分が約束を破った時だけ、という意味にも取れるじゃないかと思うと、トモモリは
可笑しかった。


だが……早く抱いてしまわなければな――と思った。

相談しろと言われても、そんなことはどこまでできるか分からない。第一、相談とは選択肢に迷って、初めてす
るものだ。選択肢が1つしかないならば、最初から相談などする意味がない。
そういう意味で、自分に選択肢はあまりない。相談できるようなことは、もうあまりないのだ。


――全く……お前は無理難題ばかり言う。

トモモリは、マサオミの穏やかな寝息を背後に感じて苦笑した。




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