EPISODE 14 :


自分なりに、色々考えてみた。
つまり――
1) 1つの大企業が、ライバル社を蹴落とすというコト。
2) 1)の後、または1)を通り越して、ライバル社の地位に取って代わるだけではなく、その会社を完全に乗っ
   取るか、潰してしまうコト。
3) 2)と平行、または前後して会社のみならず経営者一同を犯罪者として告発し、社会的地位を奪って
   しまうコト。

ツネマサの話からすると、タイラノフは既に3)に差し掛かっているように見える。というより、1)、2)、3)が殆ど
同時進行しているかのようだ。タイラノフの企業は未だ通常に機能しているにもかかわらず、既に叔父さんが逮
捕されたというのだから。しかも、悪いことにタイラノフを蹴落とそうとしているのは、一企業ではなく、国がバック
についているのだという。ということは、一度逮捕されたら無罪放免は困難だろう。世論が暴動でも起こしそう
な勢いでタイラノフを後押しでもしてくれれば助かる道もあるだろうが、それも今のところ起こってはいない。
第一アメリカのような完全な民主主義国家でもないから、どこまでそんなことが実現するのかも怪しい。

ならば、タイラノフはどうすれば良いのか?

鍵を握るのは、トモモリなのだという。タイラノフの裏の情報を知る立場にあったからなのだと。
では、トモモリが捕まらなければいいのか。タイラノフ一族が次々にあることないこと色々と罪状をつけられて逮
捕されていく中、トモモリさえ逃げ続けていれば、国も、そのライバルの新興財閥も、タイラノフを決定的な罪で
追落とすことはできないのか。
それは、楽観的な考えだと思える。トモモリ1人が居たからといって、タイラノフの全てが賄える訳ではない。まし
て、一族がこぞって逮捕されている上に、残ったトモモリさえも雲隠れしているようでは、経営など不可能だ。
といって、もう一方の方法――トモモリ以外の人間を順次陥れていくといっても、経営に携わる一族の人数
の多さを考えれば、大変な労力だ。時間も手間も相当かかる。

では、もし自分がライバル社の立場であったら、どうするか?

自分ならば、まずはトモモリをおびき出す方法を考えるだろう。とりあえず国に逮捕状を出してもらい、トモモリを
追う。それでもトモモリが逃げ続けるならば――トモモリの弱みを掴む。それも困難な時、初めてトモモリ以外
の外堀を1つずつ埋めていこう、と思うに違いない。そういう意味で、トモモリの叔父さんを逮捕したというのは、
トモモリの弱みを握ろうとした結果なのかもしれない。

では逆に、自分がタイラノフの、いや、トモモリだったら、どうやって困難を乗り切るのか――



「トモモリ……」
マサオミは、自分の隣りの席についたトモモリの方に顔を向けた。
「おい……起きてんのか、本当に」
辛うじて目蓋は開いているが、全く何処も見ていないような遠い目をして、座った途端、目を開けたまま眠ろ
うとしているんじゃないかと思う程、トモモリは動かない。
『……朝食が、早すぎる』
漸く開かれた口は、喋ることすらだるいのか、いつもに増してスローな口調の上に、掠れていた。
「何言ってんだ、もう9時になるんだぜ」
『……』
ツネマサがテキパキと目の前に朝食の用意をしていくが、トモモリは事態を把握しているのかいないのか、ただ
ボーッとしていた。
「……ツネマサ、こいつに胃が痙攣しそうな程苦いコーヒーを出してやってくれ。いや、いっそこの両頬を叩くか」
「はは……まずは濃いコーヒーを用意しましょう」

――全く、こいつだけはホント、ある意味世界中の誰も追いつけない程の大物だな……いや、食わせ者か?

マサオミは、今にも寝入りそうなトモモリの横顔に、思わず溜息をついた。





「マサオミ殿、昼間の内はルーリック様と、このアパートから出ないで下さい。私は人と会う約束があります。戻
るのは夕方になるでしょう。その後、移動します」
朝食後のコーヒーを飲みながら、今まで他愛ない世間話をしていたツネマサが、少々硬すぎる位の口調で静
かに言った。
「何処へ移動する?」
「それは未だ、はっきりしていません。とにかく、私が戻るまでここで待っていて下さい」
「分かった」
「そして、ルーリック様……万が一何かあっても、決して無理は――」
『ああ……分かっている』
食後の苦いコーヒーを飲みながら、トモモリも漸くまともな返事を返した。

『じゃあ……少し寝るか』
「有り得ねえだろ、それ!」
マサオミは思わず叫んでいた。





「なあ、トモモリ」
ツネマサが出かけた後、何となく手持ち無沙汰に見ていた新聞を畳んで、リビングにいるトモモリのところに行く。

『何だ』
ソファにごろんと寝転んでいたトモモリだが、返事が早かったところを見ると、眠っていた訳ではないようだ。
「あのさ……1つ聞くけど、お前が逃げていれば、それで済むものなのか」
『――別に、ただ逃げている訳じゃないさ』
「え?じゃあ、何だよ、今の状況って。様子見でもしてんのか?」
てっきり、捕まらないように身を隠しているのだとマサオミは思っていた。ソファに寝転ぶトモモリの顔を覗き込む
と、その目は閉じたままだった。

『まずは、動かせる資産の移動……金目のものを一気に国に押さえられては、何もできないからな……』
「ツネマサは、その件で人と会ってるのか?」
『ああ……タイラノフの、いくつかの会社はアメリカにも事務所を持っている。そこから、分散させる。お前名義
の口座も、その1つだ。……まあ、それも、大分進んだがな』
「そうしたら、次は?」
『全面戦争、だな』
「は……え?」

トモモリが、薄く目を開けた。
『――……クッ……』
「おい、何だよ……どうせ、またからかってんだろ」
マサオミは、トモモリを軽く睨む。
『まあ、半分は嘘ではないがな……武力だけが、戦争とは限らない』
トモモリは上半身をゆるゆると起こした。
「どうするつもりだよ」
『――マサオミ……お前は、どうして俺が狙われるか、知っているか?』
「……お前がタイラノフの、裏の事情ってヤツを知ってるからだって聞いたけど……」
トモモリが起き上がったことで、ソファの空いたスペースに座ると、トモモリは、らしくもない笑みを浮かべた。それ
は随分と柔らかくて、却って俺を不安にさせた。
だが、そんな俺の驚きなどお構いなしに、トモモリはシャツのポケットからゆったりと煙草を取り出した。

『その、裏の事情、というものは……殆ど連中も知っていることだ』
「は……?お前からタイラノフの違法行為を聞き出して、タイラノフを潰そうとしているんじゃないのか……?」
『違法行為は、政府高官の一部の連中も絡んでいる。絡んでいない時も、政府は知っていて黙殺してきた。
俺達が、奴らの意向通りに動いていた頃までは、な。何故なら、それは必要悪だったから。だから、何も俺か
ら聞き出さなくとも、連中はよく知っているさ……』
「じゃあ、何でお前を狙う必要があるん……まさか、お前に全部罪をなすりつけるつもりで……?」
『それも、あるな。だが要は、口封じということだ。タイラノフで、この辺りの事情を全てを知っている者は、父上
も兄上もいなくなった今では、俺だけだ。兄上が亡くなった後、俺が父上から引き継いだ。だから、俺を捕らえ
れば全体像を知っている者はいなくなる。断片的に関わった連中は、俺の末路を見れば、怖くて口を噤むだ
ろう、という訳だ』
「という訳だ……て……」

一瞬、言葉が出なかった。つまり、トモモリを”見せしめ”にしようとしている、ということだ。確かにタイラノフは、
悪いこともしたかもしれない。だが、今までそれに加担し、または積極的に支援してきたはずの者達が、今度
はタイラノフが邪魔になったからといって、全てタイラノフに罪をなすりつけて生き延びる――そういうことか。

「……汚ねえ……許せねえよ、そういうの……っ。だって、そいつらだってタイラノフの側にいた時は、お前らを散
々利用してきたんだろっ?なのに、急に手の平返したように、今度はお前らだけ悪者扱いなのかよ?!そんな
簡単に、厄介払いみたいなことするのかよ?!」
『――権力を持つ人間など、皆勝手なものさ……』
「……て、トモモリ!そんな物分りの良いこと言ってる場合かよっ。ならば、逆にお前が国を告発するとか、そう
いうことはできねえのか?!全部、バラしちまえばいいじゃねえかっ」
『ああ……それは、名案だな。だが、余計な者達まで、みな巻き添えにしてしまうがな』
「っ!じゃあ、国と取引するとか……っ!」
『それは、する価値があるだろうな――もし俺が、アメリカ人であれば、だがな』
「……くそっ……ロシアじゃそれはできねえってのか。それじゃあ……っ」
『マサオミ――俺は、そう簡単に捕まらない。最後の最後まで……足掻くさ』
「……」

捕まらない。だけど、もし足掻けないところまで追い詰められたその時は――マサオミは、したくもないその言葉
の裏を、想像してしまった。答えは分かっていた。だから、その先を考えるのは止めにした。何度もその言葉を
思い出す必要はない。そんな最悪な状況は、考えたくなかった。

「トモ……」
トモモリの行動を制するような右手に、言葉を遮られた。
『――マサオミ、来い』
ふいに真面目な目をして、どこか遠くを一瞬見やると、トモモリは小声で呟いた。その普通ではない空気に、
何か異変を感じたのだと気づく。だから、俺は黙って頷いた。

静かに立ち上がると、フローリングの床のほんの僅かな軋みにさえ神経を毛羽立たせながら、ゆっくりと玄関の
方へ向かう。そうして玄関のドアのところまで来ると、トモモリはその横に静かに立ち、目を閉じた。さっきもそう
だが、自分は特に物音も、変わった空気も感じない。だが、トモモリには何かが聞こえるのか、目を閉じたまま、
動かない。
息を詰めて、じっとしているだけで背中にピリッとした緊張感が走る。その時間は、実際にはほんの1〜2分位
だったのかもしれない。だが、マサオミには何倍もの時間が経ったように思えた。

そうして暫く経った頃、トモモリが漸く目を開けた。

『――立ち去った、な』
「……え?ホント……か?」
『ああ……』
トモモリは、そのままゆっくり部屋に戻っていく。

俺は、何となく気が抜けた。いや、無事ならそれに越したことはない。だけど、もっと乱闘だとか、派手な逃走
劇だとかがあるのかもしれない、と期待……じゃなくて、覚悟していたから、あっけない気がした。

――トモモリの気のせいだったのか……?

だが、トモモリはそんな自分の様子など一顧だにすることなく玄関のドアを一瞥した後部屋に戻ると、そのまま
リビングを抜けてそのままベッドルームに入っていく。だから、何となくその背中を追っていった。

「?何してんだよ……?」
『いや……』
トモモリは、カーテンや窓の辺りを見ている。暫くあちこちと見たり触ったりしていたかと思ったら、窓を開けた。そ
の様子が気になって、隣りに行くと、トモモリが窓際の外側に手を伸ばしていた。
「何だよ、何か見つけたのか?」
『ああ……』
トモモリは戻した手の平を開いてみせる。
「何だ、それ?」
それは、少々厚みのあるオセロの黒い石のような形をした、小さなマグネットみたいなものだった。中心には、
鍵穴のような小さなスリットが入っている。もしそれが窓のサッシのすぐ横に付いていたら、大抵の人間は窓を
二重にロックする為のセキュリティ対策と思うに違いない。
『小型カメラだ、な』
「カメラ……?それが……?」
『人の気配に気づいて、とりあえずカメラだけ取り付けたのだろう……マイクも仕掛けるならば、少々細工が必
要になるが、これならば付けるだけだからな……』
「……この場所も、もうバレてるってことなのか?」
『恐らくは。だが、100%の確信はなかったのだろう。だから、カメラを取り付けた――まだ、昨日の今日だからな。
いくつか情報が入ったから、その確認、といったところか。だがさすがに、早い……』
「……何だか……悔しいな……」

マサオミは、無意識の内に奥歯を噛み締めていた。

トモモリを見せしめにしようとする理不尽なやり方、タイラノフに罪をなすりつけようとする狡さ、こんな小細工ま
でする姑息さ――だが、それでも相手が大きいことは認めざるを得ない。
トモモリもツネマサも、細心の注意を払っているはずだ。それなのに、あっという間に相手は追いついてくる――
この状況が、マサオミには腹立たしい。

――何か、何かいい方法はねえのかよ。こんなこと、法治国家のこの国で許されていいはずない。打ち負か
すことが無理ならば、せめて上手く逃れる方法はないのか?落ち着け、俺、落ち着いて、何か――……?!

突然、首に手を回したトモモリに項の辺りの髪の毛を引っ張られて、思考が途切れた。
「何す――」
そのままぐいっと引き寄せられて、口付けられる。
少しだけひんやりしたトモモリの唇は、相変わらず心地好い――だから、つい、ふっと体の力が抜けた。

『案外、連中のお望みの画は、こういうものだったかもしれないぜ……?』
「……。ぷ……ばあか。姑息な上に覗きが趣味の変態なんて、最悪じゃねえか」
トモモリのゆったりとした笑みに、思わず吹き出した。
相変わらず、トモモリは暢気だ。だが、こんな時のトモモリは、むしろ確信犯なんじゃないかと思う。
本来ならば、24時間ピリピリと神経を尖らせかねない状況――だからこそ、トモモリはこうして敢えてゆったりと
構えているんじゃないかと。

『だが、こんなことでカッカしてたら、身が持たないぜ……?――降りるか?』
トモモリは、笑みを浮かべながら、さらりと言ってのけた。それは意地悪なのか、それとも選択の自由を与えてく
れようとした優しさなのか――まるで、俺に最後のチャンスをやろう、とでも言っているようだ。

「――誰が降りるかよ」
そう言って、今度は自分からトモモリの唇に、噛み付くようにキスしてやった。





そうして夜半に、俺達はそのアパートを出た。長い旅の、始まりだった――





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