EPISODE 16 :


「あの部屋、泊まってる奴いたのかな……」

既に後ろを振り向いても見えない程に遠ざかったというのに、マサオミは未だあの炎の光景が目に焼きついてい
た。

「俺――」
『2つ先の部屋に居たお前でさえ、異変に気づいたのだろう?』
「…………そうだよ、な。居たって、すぐに気づいてたよな。それに、誰も居なかったかもしれない」

言葉とは裏腹に、炎の上がっていたあの部屋のことが気がかりだった。自分があの部屋の前で止まっていなけ
れば――と思うとどうしても気になる。とはいえ、今更気にしてもどうにもならない。
第一、俺がきちんと自分の部屋の前で背後を確認していれば、という問題ではない。そのお陰で自分達が
――トモモリやツネマサが救われたのだ。そんなこと言えるはずもない。気になっていても、口に出すべきではな
いのだ。


『助かって、良かったじゃないか』
「……そうだな」
『未だ死にたくはない』
「あ、ああ。勿論だろ。この若さで死んでたまるか」
『心残りだから、な……』
「心残り?」
『ああ……』

トモモリは低く、深い声色でそう頷くと、瞳を妖しく光らせて目線を流してくる。そして妖艶な笑みと共に、耳元
で囁いた。

『――お前を抱いてからでなければ、未練だ』
「は……?」
『だから……お前に入れなければ――』
「あああーっ!!バ、バカ!そんなこと言うなっ!!」

俺は車の前部座席で運転するツネマサに聞こえるんじゃないかと思って、焦ってトモモリの口を押さえた。

大体が、トモモリは万事人目を気にしなさ過ぎなのだ。肝が据わっているのはいいが、こんな所で堂々とされ
てもこちらは嬉しくも何ともない。むしろ、フォローしなければいけない身にもなれと言いたくなる。

だけど、確かに――ある一点においてトモモリの言うことは真実だった。


今日の昼、俺とトモモリは、多分一線を越えた。それはもう仲間とか、精神的な兄弟の情とか、そんな言葉だ
けでは説明できなくなった、という意味でだ。だけど、トモモリの言う通り、俺はトモモリを受け入れなかった。
いや、心は受け入れてるし、ある意味”アレ”以外は受け入れた。
勿論、その逆だったという意味ではない。第一トモモリは俺に受けさせる気満々だったのだから、当然トモモリ
が受け入れる訳もない。

つまり――俺達は互いに互いのものを手で刺激して終わった、ということだ。


”往生際が悪いな、マサオミ……”
”この……他人事だと思って……じゃあ最初に俺にやらせろっ”
”断る”
”……あのなあ……その身勝手さ……いや、別に今に始まったことじゃないけどな……”
”全く……最初位は優しくしてやろうというのに……”
”……いや、それ全然そそられねえし。むしろ先のこと考えるとこえーだけだろ”
”じゃあ、どんな誘い文句ならば抱かれると……?”
”知らねえよっ。自分で考えろ!”

――と、まあこんな訳の分からない押し問答が続いて、とはいえ既にお互いあられもない姿、しかも勃ちっぱ
なしという間抜けな状況の中で……とりあえず互いのどうにもならなくなったものだけは何とかしよう、ということ
になったのだ。

いや、本当に、途中まではもう流されてもいいと思った。お互いが完全に一糸纏わぬ姿になった時はさすがに
妙な気持ちになったけど、それでも、トモモリが欲しいという思いは変わらなかった。
肌を合わせるだけでゾクゾクと、身震いするような興奮がわき上がってきて、自分でも止められないと思った。
だけど――

そんなこと言ったって、俺は女じゃねんだ。あんなの簡単に身体に受け入れられるかっての!
――とはいえ、心境は複雑だ。俺は、いざという時に拒んだ。同じ男としてトモモリの気持ちもよく分かるのだ。


「……悪かったよ」
『?』
「まあ、状況的に、あれは俺が悪かった」
『……クッ……素直だな。まあ、いいさ。愉しみは、後に残せば残すほど大きいというからな……』
「……」

何だか妙に恥ずかしくなった。

――大体、俺がこうやって甘い顔見せるからトモモリが調子にのるんだ。いつの間にか俺が受ける側だなんて
決め付けられてるっていうのに……。

そんなことを考えていたら、突然無機質で素っ気ないアラーム音が鳴った。すると、トモモリがポケットからスルリ
と携帯電話を取り出す。ディスプレイを見たトモモリは、運転席からバックミラーでその様子を確認していたツネ
マサに向かって、軽く手を上げた。ツネマサはその合図に従って、殆ど車も通っていない車道の路肩に車を停
める。

しーんとなった車内で、携帯の着信音だけがやけに鳴り響いていた。
だが、トモモリはどれだけ待たせても相手は切らないと確信しているのか、車が完全に停まってからドアを開け
て外に出るまで、携帯を鳴らし続けた。
トモモリが外に出ると、ツネマサもドアを開けて外に出る。だが、トモモリに制止されて、また車に乗り込んだ。

俺は車内の窓から、トモモリが道路の傍にある大木のところまでゆったりと歩き、その木に寄りかかる姿を見て
いた。

本人には言いたくもないが、トモモリの動きや仕草は嫌味な位に絵になる。携帯電話を片手に余裕の笑みを
浮かべるそのさまは、妖しくも目を留めずにはいられなかった。


「――ルーリック様は、昔からおモテになりました。タイラノフ財閥の御曹司ですし、3才の時からモデルにと誘
われた程です。ですが、あまり1人の方と長続きはされなかったようです……」

突然、まるで自分の考えていたことを察したかのように、ツネマサが口を開いた。

「まあ、そうだろうな。あの性格についていける奴なんて、滅多にいないんじゃねえか?」
「えーと……まあ、確かにそれもあるのですが、どちらかというと振られるよりも振る方が……」
「うわ……何か、凄く冷たい振り方を想像したぜ、今。サディスティック全開っていうか」

ツネマサは、何と答えたら良いか分からなかったのか、苦笑した。

「……と、そっか。ツネマサにとっては従兄弟だったな」
「いえ、別に私は。……それに、何故か貴方がいうと許せてしまいますよ。確かにルーリック様も少々個性的
なお方ですから。ですが、貴方の言葉は聞かれるようです」
「……いや、それはないだろ。俺の意見なんて聞いてねえって」
「そうですか?私には聞いているように思えますが」
「それは、肝心な時にツネマサがいねえからっ……」

そこまで言いかけて、俺は急いで黙った。

「肝心な時?」
「あ、いや……」

肝心な時とは、まさにトモモリといちゃついている時だ。そんな時、あいつは人の意見なんて全く聞かずにコトを
進めようとする。だけど、まさかそんな時にツネマサに居ろ、とは言えないだろう。
――ていうか、そんなの絶対嫌だ。


「それにしても――未だ結ばれていないのは、意外でした」
「…………は?」
「てっきり、貴方とルーリック様はもう結ばれたものとばかり――」
「ちょ、ちょっと待て!ツネマサ?!」
「ああ、ご心配なく。私はそういうことには全く偏見を持っておりませんから」
「いや、そういう問題じゃなくて!何をいきなりっ……」
「先程、ルーリック様のお言葉が聞こえてしまいまして……多分お2人はお気づきではなかったと思いますが、
丁度あの時、車は赤信号で停まっていたのです」

”――お前を抱いてからでなければ、未練だ”
”は……?”
”だから……お前に入れなければ――”

あの時のやりとりが、まざまざと頭に浮かんできた。と同時に、顔がかーっと熱くなった気がした。

「……まあ、それがなくともお部屋でお2人が戯れられていたのは知っておりましたから」
「……何か、無性に恥ずかしいぜ……」
「いえ……むしろ私は、ルーリック様をお守りする役目の人間として、貴方にお礼を言わなければならないでしょ
う。――貴方はあの方に、貴方自身という生きがいを与えてくれました。ルーリック様は、非常に度胸があり、
頭のきれる方です。ですが……物事の見切りをつけるのも非常に早い。それは――」
「ツネマサ。続きは、言わなくてもいいぜ」
「……そうですね。貴方は、今一番ルーリック様の近くにおられる」

命に見切りをつけるのも早い――ツネマサはそう言いたかったのだろう。トモモリ自身は何も言わないが、ずっと
傍にいるツネマサには、それが見えていたに違いない。怠惰で、己の欲望に正直で、そして時としてとても冷淡
なトモモリ。だけど、トモモリは自分の成すべきことをよく分かっている。自分の立場も、そしてどうあるべきかも。
そんな時、それは責任感なのか、それとも自分なりの美しいけじめのつけ方なのか――死を選ぶであろうとは、
ツネマサにも想像がついていたのだ。


「俺――諦めないぜ。俺は、そう簡単に見切りはつけない」
「マサオミ殿……」
「俺は、何の気負いもないごく普通の一般庶民だからな。大きな権力も富も要らない。そんなもの興味ない
し、そこそこの小さな幸せで満足できる。……その為には自分のちっぽけなプライドや見栄なんて、捨てられる」
「――貴方のような生き方もまた、美しいと思いますよ」
「?」
「ルーリック様とは違うかもしれませんが、その力強さを、私は羨ましいと思います。そして、頼もしいとも……。
恐らくルーリック様も同じ気持ちなのではないかと」
「ツネマサ……」
「私達は、貴方の存在に励まされています。そんな貴方だからこそ、私はルーリック様をお任せできるのです」

ツネマサは、真っ直ぐに自分を見て、真剣な目でそう言った。そうして、微笑んだ。それは何だかやけに優しくて、
少し眩しい位だった。





「どのような方からですか」

電話を終えたトモモリが車に乗り込んでくると、ツネマサは静かに問う。

『あれを、仕掛けた者から』
「やはり、そうでしたか……」
『連中にしては、派手な仕掛けだったからな……ギフトの礼を言っておいたさ。あれは、趣向を凝らしたショー
だと、あくまで言い張っていたが……クッ……どうだろうな……本当は、マサオミの機転に引っかかったのかもし
れない……クックッ……』

トモモリは、やけに愉しそうに報告する。だけれど、ツネマサは真剣な顔をしていた。

「――ですが、我々も気を引き締めねばなりませんね。彼らは、我々の動向を読んでいる。居場所を突き止
められている、ということですから」

俺は、さりげなく後ろを振り返った。だが、後ろに車はついてきていない。

「――なあ、そいつらってどうやって付いて来てんだ?昼間だって、俺モーテルに入る前にも一度振り返ってる
んだぜ?だけど、人影すらなかった。なのに、一体どうやって……」
「まず第一に、連中が我々自身、持ち物、そして車のどこかに探知機をつけている可能性はあります。一応
一通りはチェックしていますが、見落としている可能性もある。最近のものは本当に目立たなくなっていますか
らね。こちらも、その探知機をチェックする機械を入手しなければならないでしょう。その手配はしてありましたが
……我々も動いていますから、結局後手に回ってしまっています。それに、追う手段は何も車とは限らない、
ということもあります。貴方が買物に出た時はともかく、一度居場所を突き止めれば、あとは予測を立てなが
らヘリコプターやセスナを飛ばして、昼間の間に動きを監視することもできます。そこから移動できる距離など簡
単に計算できますし、宿泊できる場所も限られている。そうなれば、大体の目星はつきますね。――まあ、相
手もプロですから。そう簡単には見つけられないでしょう」
「……例えば、逆に都心部に入り込むってのは駄目なのか?」
「確かに、そうすれば小型飛行機で上から監視するのは少々難しいでしょうね。飛行規制もありますし、我々
と似たような車や、服装の人間も大勢いますから。ですが、都会では、我々の側も余計な神経を使わなけれ
ばならなくなります。そこに居る人間の全てを、暗殺者や工作員と疑ってかからなければならなくなりますからね。
ですから、何だかんだと計算すると、余所者の入り辛い小さな町や集落の方が、こちらも警戒し易いのです。
それに……他国の一般市民に迷惑をかける訳にはいきませんからね。国際問題に発展させる訳にいかない
とは、お互いが思っていること――勿論、相手の動きを少しでも抑制する為に、我らは敢えて国外に出た、と
いうのもありますが……」

「まるで、映画だな……」

思わず乾いた笑いが漏れた。勿論、これは映画なんかじゃないと分かっている。現実に起こっていることだとも。
だけど、あまりに全てが非現実的だ。トモモリ達に会わなければ、きっと一生体験することもなかったであろう、
非現実的な現実――


『――ところで……どうする。まさか、徹夜でドライブという訳にもいかないだろう』
「そうですね……先程のモーテルに今晩は泊まる予定でしたから、仮眠もとっていませんし……どこか別の宿
を取るならば、夜の内に入り、早朝には移動したいですね」
『……まあ、それも安全かどうかは分からないが、な』
「え、まさか、連中が続けて攻撃でも仕掛けてくるとか?」
『さあ、な……』

だが、そう言ったトモモリは、珍しく至極真面目な顔をしていた。





「――……あそこはモーテルのようですね」

暫く車で走っていると、前方に僅かな明かりが見える。ツネマサは車を減速させて、その安っぽくピカピカと光っ
ている看板を見上げた。辺りには、ガソリンスタンドといくつかの家屋、そして小さなグローサリーストアがあるだ
けだ。こんなところにモーテルが建っていたこと自体が幸運だろう。

「ここ、やってんのか?一応空室有りにはなってるけど……建物全体が空室なんじゃねえか?」

建物の前に広がる駐車場に車を滑り込ませたものの、他には2台ほど、ポンコツ車がポツンと置かれているだ
けだ。

「ですが、先を見渡しても地平線の辺りまで明かりが見えませんからね……とりあえず、確認して来ましょう」

ツネマサは、建物から少し離れたところに車を停めた。エンジンを付けたまま、車を出ようとする。
その時、珍しくトモモリが真面目な顔をして声をかけた。

『ツネマサ』
「はい?」
『3人で、行くか……?』

その申し出は、意外に聞こえた。勿論自分に異論はない。だけど――何かトモモリらしくない。
ツネマサもそう思ったのだろう。一瞬目を丸くした。

「いえ、ご心配なさらず」
『だが、この状況だ。ならば、俺が行く』
「何を仰るのです」
『俺ならば、慣れている。相手が数人であれば、息の根を止めることなど容易く――』
「ルーリック様。それでは、私がいる意味がありません。このような状況だからこそ、私が1人で確認してきます。
仮に異変があったとして、相手が数人とは限りません。素手で対抗できないことも有り得ます。……貴方は、
どのような万が一も許されない身ではありませんか。タイラノフ一族のためにも」
『……下らん、な。俺さえ生きていれば済む、という問題ではない』

トモモリの目は鋭くなる一方だ。だが、ツネマサは怯まなかった。

「ルーリック様、私はモーテルの空きを確認しに行くだけですよ。確かに暗いですが、あの受付のような小さな小
屋には、僅かに明かりが見えます。きっと、大方暇なオーナーがTVでも観ていて我らに気づかないのでしょう。
どうということはありませんよ。……ルーリック様こそ、らしくないのではありませんか」

ツネマサの、穏やかだがたしなめるような物言いに、トモモリは少々肩をすくめた。
ならば俺が確認に行けば――と言いたいところだが、何だか口を挟めるような雰囲気じゃない。

『……俺の久しぶりの愉しみを奪うとは……クッ……酷い男だな』

トモモリが、呆れたように笑った。

「すみません、ルーリック様」

ツネマサが、ふっと柔らかい笑みを浮かべて車から降りる。
暗い外灯の下を歩いていくツネマサの姿は、やがて闇の中に消えていった。


それが、ツネマサの姿を見た最後だった――





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