EPISODE 19 :


「久しぶりですね、中将殿」
『ああ……元気そうだな』
「そんなことはありませんよ。色々とこちらも大変でしてね」
『多勢に無勢――本来であれば、不利な材料など殆どない戦だ。それで根を上げるなど、大佐の名折れじゃ
ないか……?』
「相変わらず、手厳しいですな。さすが、陸軍で異例の出世を遂げられた方だ」
『クッ……それは、嫌味のつもりか?コネだと、分かっているんだろう?』
「嫌味のつもりなど……例え僅か2年の在籍であっても、貴方はずば抜けた能力を発揮しておられましたよ。
コネなどなくとも、いくらでも出世できたでしょう。何しろ、貴方の右に出るものはいませんでしたからね――特
に、殺傷能力の高さにおいては」
『クックッ……無礼な……まるで、人を銃器扱いだ』
「これは失礼しました。でも、私は褒めているのですよ。だからこそ――少々困っているのですがね」
『だが――父を暗殺し、叔父とアレクを拘束したのだから、そろそろハンデは十分だろう?』
「……タイラノフ会長のことは知りませんよ」
『クッ……まあ、いいさ。その内、思い出す気になる』
「――そんな口をきいて、後悔しますよ」
『俺は生憎、後悔などしたことはないし、それに……戯言を信じる程、初心ではないのでね……』
「何をっ……」
『貴様の上官……いや、雇い主に伝えてもらおう。叔父やアレクを拘束したところで、何の意味もない……と
な。――むしろ、クックッ……愉しくなってきた』
「そんな……負け惜しみを言っていいんですか。あなた1人で何が出来ると……?こっちには……」
『ああ……大佐殿。悪いが、俺はそんなことには興味がないんだ。それよりも――少しは気の利いた作戦の
1つでも、考えておいてくれ。本当に久しぶりで……俺は血が騒いでいるんだぜ?退屈など……させるなよ』



トモモリの、心底から愉快だと言わんばかりの嘲笑の声が、低く、ゆっくりと、まるで揺らめく炎のようにチリチリと
心を焦がして響く。
単なる脅しか、威嚇なのか――だが、俺にはそれが、本心のように聞こえた。


『ああ……マサオミ。起きたのか』

携帯の電源を切ったトモモリは、窓ガラス越しに俺を見て、驚きもせずに振り返った。

「――そりゃ、起きるだろう。昼真っからあんな不気味な笑い声を聞かされちゃな」
『不気味とは、失礼だな……』
「不気味だっつうの。やけに楽しそうじゃねえか」
『ああ……まあ、な』

トモモリは、満足げな笑みを浮かべる。
こんな時のトモモリは、自分とは違う世界に居る人間のようだ。目の前に居る自分を越えて、どこか遠くを見つ
めている。思いを馳せている。きっと、こんな時のトモモリは俺のことなど眼中にないのだ。


「……。それで、お前は……っつ……っ」

トモモリの座るソファの隣に勢いよく腰を降ろしたら、痛みが走った。

『?』
「……おい。俺にしてみれば、お前のその怪訝そうな顔こそ疑問だぜ。どう考えても、この腰の痛みはお前のせ
いじゃねえか!」
『お前が自分から、腰をずっと振っていたんだろう』
「な、何言ってんだ!人が止めろって言ってんのに無視してやり続けたのは、どこのどいつだ!」


昨日、いや、正式には今日の未明、俺達は結ばれた。
実のところ、結ばれたなんてそんな甘いものじゃなく、むしろ野生動物の交尾という感じだった。何しろ大雨の
中、あんな原っぱでやってしまったのだから。
確かにツネマサの失踪は、俺にもトモモリにも暗い影を落としていた。雨の中、いきなり車を降りたトモモリは最
初からちょっと普通じゃなかったし、俺も少し冷静さを失っていたと思う。
だけれど――そうは言ってもあれはないだろう、と思う。確かにトモモリのことは好きだけど、あの時は気分も沈
んでいた。そんなタイミングで始まったものだから、甘い感じにコトが運ぶなんて俺だって別に期待してなかった。
でも、だからといって何も土砂降りの外でやることはねえだろう。しかも草原に押し倒しやがって。お陰で、こっ
ちは背中や尻があちこち草で擦りむけて、痛いじゃねえか。挙句の果てにトモモリのヤツ、容赦ないもんだから
腰もいてえじゃねえか。これはどう考えてもトモモリのせいだろう。
俺が自分から腰振ってただって?――知るか、そんなの!


『まあ、そう怒るな……だから、こうしてホテルに泊まって休ませてやっているじゃないか』

トモモリは、まるで仕方ないなと言わんばかりに人の腰を撫でる。だから、その手をパチンと叩いた。

「休ませてやってるって、お前な……ここまで2時間も運転してきたのは、誰だよ」
『仕方ないだろう?俺は、自動車を運転しないのだから』
「ああ、そうだったな!だけどな、それならそうと、もっとこう……違う言い方があるだろ!」
『……。ならば、お前とのさらなる熱い一夜を過ごす為に、ホテルの部屋をとったと、そう言えばいいのか?』
「言い換えるトコはそこなのかよ!」

――ああ、全くこいつときたら……。

そうしてトモモリの顔を睨みつけてやれば、トモモリは悪びれもせずに愉しそうな顔をしていた。

――ああ、本当にこいつときたら……。

分かっている。トモモリはこういうヤツだと。
人から何を言われたって、どこ吹く風でちっとも聞いちゃいない。もしトモモリが友達だったら、さぞや苛付くことだ
ろう。……まあ、現に今だって俺はしょっちゅう苛ついたり大声出したりしてるけどな。

でも、まあ確かにそうではあるんだけど――


『――一杯、飲むか?』

トモモリが、何気なく言葉を発する。

「運転手の俺が酒飲んじゃまずいだろ」
『今晩もここに泊まればいい』
「移動しなくて平気なのかよ」
『ああ……』

トモモリが、薄く微笑んだ。

――ああ……全く。

腹の立つことがあっても、苛々しても――結局、そんな気持ちは長続きしやしない。絆されたなんて言われる
のも癪だが、といって違うときっぱり否定することもできない。
超が付く程マイペースで、偉そうで、人の言うことなど聞きもしないが、それでも――俺はこいつを嫌いにはな
れない。何故だか分からないけど、それだけは、分かる。自信家で、きっと恐ろしい位に腕の立つ男なんだと
思うけれど、それでも何故かいつも感じていた一片の儚さ――もしかしたら、俺はトモモリからその一片の儚さ
がなくなってしまうところを、見たいのかもしれない。

心のどこかで感じ取ってしまうその脆さがなくなり、それこそ、なあ?本当に自意識過剰で、ふてぶてしくて、自
分勝手な男にトモモリがなったら――もしかしたら、俺は嬉しいのかもしれない。
そんなヤツに振り回されたり反発したりしながらも、それでもそっちの方がいいと思うのかもしれない。

だって、この男の内に、常に儚さを見つけてしまうよりはきっとマシだから。





「あの、さ……さっきの話に戻るけど――」

トモモリが、虫も殺さぬような優雅な手つきでグラスにウォッカを注ぐのを眺めながら、口を開いた。
遅かれ早かれはっきりさせなきゃならないこととはいえ、実際言葉で答えを聞くのは少し躊躇う。だけど、もうそ
う言って引き延ばせる程の時間はない。

『ああ……』

トモモリは、俺のグラスは水割りで薄く作り、自分のグラスには何も割らずにストレートで注いだ。別に酒には強
くも弱くもない俺だけど、普段から度数の強いウォッカを飲みつけたトモモリに比べれば、遙かに弱い。
だから、当たり前のようにそうされても、不思議と嫌味に感じなかった。
案外俺のこと、よく見てたんだな――そう思えるから。普段は嫌味な奴だの何だのと思っても、こんな時は感
心してしまう。少し嬉しかったりもする。
――まあ、そんなことは絶対言ってやらないけど。


「――……その……なんだ……ロシア、帰る気なんだろ」
『ああ』

こっちはさんざ躊躇ったというのに、トモモリはあっさり答える。

「……。やっぱり近い内に、だよな」
『ああ……。だが、お前は――』
「トモモリ。言っとくけど、行くかどうかは俺が決めるんだからな」

トモモリが、少々目を見開いてこちらを見た。

『……来る気、か?』
「――……ああ。悪いかよ。俺は、行く気満々だぜ」

実際には、迷いがない訳じゃなかった。だが、トモモリの言葉に、自然と心が決まってしまった。
気がついたら、行く気満々だなんて口にしていた。

『マサオミ――そんな、安易な決断は、認められないな……お前、状況を分かって――』
「いいか、トモモリ!」

トモモリのその言葉にカチンときて、俺はトモモリの目の前に思い切り指を突き立ててやった。

「俺は安易になんて答えてないっ。お前が何をしようとしてるのか、俺だって……何となく想像はついてるっ。だ
けどな、だからこそ人手はないよりは、あった方がいいに決まってるだろ!大体、お前が危ない橋渡ってる間、
タイラノフの他の連中はどうする気なんだよ?!相手は大勢いるんだろ?!お前も、いつもお袋さんの傍に居
た叔父さんもいなくて、誰がお前のお袋さん守るんだよ?!確かに、俺はお前みたいに腕も立たなきゃ事情も
分からない、ロシア語もちんぷんかんぷんだけどなっ……運転手位出来んだよ!いざとなったら、お前のお袋
さん達連れて、アメリカに逃げることだってできんだよっ」

怖くない訳じゃない。家出中とはいえ、もし自分がロシアで死んだら両親は悲しむんじゃないかと、考えなくも
ない。だけど、それでも今は、全てに優先して、どうしてもトモモリのことを考えてしまう。
今離れたくはない。何だかんだと文句を言っても、結局トモモリの傍が一番心地好いのだと、そう分かってしまっ
た今の自分には、そう簡単にトモモリを諦められない。このままトモモリ1人がロシアに旅立つのを、ただ見送る
なんて真っ平だ。

『…………』

トモモリは、俺の雰囲気に圧倒されたのか、少々間が抜けたように目を見開いたまま、無言で俺をじっと見て
いた。

「……今更帰れなんて、言うなよっ……」

腹が立っていた。そして同時に、悲しかった。
俺だって少し位は役に立てるという思いから。だけれど本当はそれ以上に――簡単に離れそうになるトモモリ
に。
トモモリにすれば、素人の俺を連れていくという決断自体が、そう簡単にできるものじゃないのかもしれない。俺
を最後までは巻き込みたくないという、トモモリの優しさなのかもしれない。だけど自分にしてみれば、そんな理
由で諦められるような時期はもう、とっくに過ぎている。今更そんな気遣いをされても、嬉しくも何ともない。


『…………お前は、強いな』

漸く口を開いたトモモリの言葉は、溜息混じりだった。

「……そんなんじゃねえよ」

そんなんじゃない。ただ俺は――後悔したくないだけだ。何もできなかったのではなくしなかったなんて、最後の
最後に自分はこの状況からも、そしてトモモリからも逃げたのだなんて、後から振り返った時に、勇気のなかっ
た自分を悔みたくないだけだ――


『強いさ。だからこそ……お前に、惹かれるんだがな……』

トモモリの指先が、すっと頬を撫でていく。だが、目元を綻ばせたのはほんの僅かだった。


『――……ならば、母上のことは、お前に任せる。だからお前は、1番に自分のことを、そして2番目に母上の
ことを、考えてくれ。俺のことは――考えるな』
「なっ……どうしてだよ!俺はっ――」
『お前には……俺と共に、行動出来る程の腕はない』
「っ!」
『俺と共に動くつもりならば……ロシアには連れて行かない。――お前が、何と言おうとも』

トモモリの目は、真っ直ぐに俺を見ていた。最後通牒を受け取ったような気がした。

悔しいが、トモモリの言ったことは正しい。自分には、トモモリと共に戦える程の腕なんてない。そして、腕を磨く
時間すらない。自分にできるのは――ただ、トモモリを見守るだけ。タイラノフの他の一族と共に成り行きをみ
て、そして――いざという時にはトモモリの母親や、その他できる限りの人達をアメリカに逃がしてやる。トモモリ
を、置いて――


「――……分かった」

そう、答えるしかなかった。それ以外には、道がなかった。
自分の不甲斐無さに、腹が立った。悔しくて、涙が出そうになった。






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