EPISODE 33 :


――大きな矛盾の原因は、あれか……。

トモモリは少しだけ窓を開け、優雅な手つきでタバコに火を点けた。

これまで、できうる限りの情報は集めてきた。国と敵対財閥の動きを不審に感じ始めた、父の危篤の前後か
らずっとだ。
だが、状況の変化によるものなのか、それとも偽情報が紛れ込んでいるのか、調べれば調べる程、解せない
部分が必ずどこかに残っていた。タイラノフ財閥を潰すことと自分が主眼に置かれている点に変わりはないのだ
が、それ以外のところで時が経てば経つ程矛盾点がどこかに生まれた。
そのことが、常に心のどこかに引っかかっていた。だからこそ掴まえた4人を生かした。1人で密かに動く期間も長
引いた。

何故、当初派手に動いていたはずの財閥の陰が一切消えたのか。
何故、当初全く関与していなかった軍部が、徐々に存在感を増したのか。
何故、動きが拙速になったり緩慢になったりしているのか。
何故、自分をターゲットとしながら、一気にとどめを刺さないのか。

いくら自分がタイラノフと国との裏取引を統括しているとしても、どちらにしろタイラノフは潰す、もしくは全て横
取りするはずだ。自分のことなど、全て終わった後に暗殺することだって可能だろう。
それなのに、相手はあくまで自分との取引に拘っている。別にそこから逃げたい訳ではない。覚悟はとうにして
いる。だが、拘る根拠が不明瞭なのは解せない。


だが、あの大佐の実弟の言葉が、少なくとも矛盾の半分を解決した。

――俺たちがただ利用されているだけと思うなっ、俺たちは、甘い政府の連中とは違うんだっ!

男の言葉を素直に理解すれば、軍を動かしているのは政府ではないということになる。現在主に動いている
のは軍だ。その軍を操るのが、最早”甘い政府の連中”ではないとすれば……途中で飼い主――首謀者は
変わったということになる。

途中で首謀者が変わっているなど、今まで考えもしなかった。そんな情報もなかった。元は政府が中心に動
いていた。父上の死の前後には、敵対財閥に便宜を与えてタイラノフを圧迫する政府の姿が確実に見えてい
た。だからこそ、早急に資産を移動するなど、先の計画も立て易かった。実際、アメリカに再渡航した時点で
は軍の陰などなく、財閥の脅しと、その裏にいる国、もしくは政府の影しかなかった。
だが、恐らくいずれかの時点で首謀者は政府ではなくなったのだ。ツネマサの拘束までは、政府だったのか。そ
れとも、既に代わっていたのか。だが軍部の影が目立ち始めたのはこの頃だった。
そうして、相手の動きがぼやけてきたのもこの頃だ。
財閥はこの辺りから急速に存在感が薄れた。代わって目立ちだしたのは、軍人だ。新しい首謀者は、政府
同様に軍の一部を自在に動かせるのだろう。そして何より重要なのは、今度の首謀者はあからさまな行動を
とっても政府程には世間から咎められない連中――つまり、さほど体面を気にせずともよい連中であるという
ことだ。

では何故、政府はその中心となることを諦めたのか。その座を譲り渡したのか。叔父の死と、叔父の会社の
接収は、関連があるのか。もしかしたら、国は経済活性化のためにタイラノフ財閥を潰すことを諦め、国内随
一の地下資源の会社を、脱税の回収という大義名分で接収できたことで良しとしたのか。

だが、政府程の力を持つ連中が、タイラノフ関連を譲ってもいいと思うような相手とは誰なのか。
当初の目的を諦めてもいいと思わせるような、利益を譲ってやってもいいと思わせるような相手とは、どんな連
中なのか。
少なくとも、国に関連することは間違いない。でなければ軍部を勝手に動かせるはずがない。では、軍部自体
が今回の首謀者になったのか。
可能性が、ないとは言えない。軍部の力は侮れない。だが、当然のことながら軍を掌握しておきたいはずの政
府が、そう簡単に一歩間違えれば軍の傲慢と暴走を招きかねないような真似を許すだろうか?


トモモリは、車に付いているCDプレイヤーの下の灰皿を引き出した。そうして、タバコの下方部を灰皿の縁で
軽く叩いて灰を落す。
その時、投げ出したままに助手席に転がっていた携帯が視界に入った。もちろん、トモモリは携帯のことなど気
にも留めていない。携帯よりも、考えるべきことが頭の中に山積しているからだ。
だが、すっかり灰を落して再びタバコを銜えようとした時、トモモリはふと、胸に微かに蠢くものを感じた。


トモモリはタバコを灰皿に置き、携帯を手に取る。開いた画面には、先程放置したままのメールが再び映し出
された。


”お前は変わらず美しい。私の腕の中にいるお前を見る日が待ちきれない”


馬鹿馬鹿しい、ストーカーか変態――というよりも両方――からのメールだ。たまに来るが、同じ文章や似た
ような内容が何度も来たりするし、何より視線をくれてやる程の価値もない、下らぬメールを読むなど1分1秒
だって無駄だったから、今まで最初の1~2行をざっと見て内容を確かめると、あとは放置していた。

トモモリは元々メールのやり取りは滅多にしない。相手から来てもよほどの大事がない限り返信しないから、
大抵は一方的に受信するだけだ。しかも消去することすら面倒で、受信したメールは全て放置したままだった。
当然、過去のメールは残っている。


”いつかお前にも分かる日が来る。私にその身を預けるのが最善の道であると”


”お前は何故私の元へ来ない。お前が来ないのなら、私の方から必ず探し出してみせよう”


”お前が私の愛から隠れようとしても、無駄だ。お前は必ず私の前でひれ伏す”


”お前が私の目の前で裸になり、跪いてこれまでの無礼を詫びる日が来るのを楽しみにしている”



このストーカー男からの過去の受信メールを確認してみても、相変わらず馬鹿馬鹿しい内容ばかりだ。これが
ただのストーカーであれば、こんなものはどうでもいい。相手の素性を知っているだけに、尚のこと露ほども気に
ならない。
実際、この男は自分にとっては単なるストーカーと言いきっても間違いはない。だが、仮にそれが正しいとして
も、対外的には単なる変態といって済まされる男ではなかった。

これらのメールの送り主は、元陸軍大将、つまり、自分のかつての上司にあたる。
だが、何よりトモモリがこのメールを今思い出した理由は――この男が現在は保安庁の防諜部門のナンバー
2にいるからだ。

この男ならば、かつての伝手で軍の一部を動かすことも、保安庁を動かすことも、可能だ。

この男を単なるストーカーと見做していたから、トモモリはこれまで放置していたし、気にも留めなかった。だが、
今思えば、迂闊であった。考えてみれば、この男の存在はずっと埋められずにいたパズルの欠片を埋めるにあ
まりある立場にいたというのに。

保安庁――世界的に良くも悪くもその名を広く知られていた諜報組織を元に作られた新組織だ。
今の政府との関係も良好な上、組織としての力も大きい。

タイラノフ財閥の地下資源部門の会社を政府が全て押さえ、残りは必要に応じて解体。そして、かつてタイラ
ノフが国の意向で行ってきた裏取引を保安庁がいただく。
これならば、悪いシナリオではない。最後の仕上げをするのが保安庁であれば、政府は泥を被らずに済む分
だけ尚いい。そして、保安庁にとっても当然利益は大きいだろう。何故なら、タイラノフの裏事業の中には、か
つてソ連邦が崩壊した後に国の意向でタイラノフが代理で行ってきた、旧ソ連諸国の親露派反政府組織へ
の武器の横流しの権利が含まれているからだ。
この権利は、ソ連邦が崩壊して間もなく国から売り渡されたものだ。当初、政府の財政は厳しかった。保安
庁もまだ組織が固まっていなかった。だが、時代は変わった。今は地下資源のお陰で政府の財政は潤い、強
権的な姿勢も復活した。保安庁も、力を取り戻しつつある。
この権利を、今になって保安庁が欲したとしてもおかしくはない。そして、これならば、政府にとっても利益は十
分にある。一民間企業などに危険な権益を渡したままでいるよりも、保安庁を通じて掌握した方が遙かに安
全――当初考えていた権益と引き替えにしても、そう悪くはない条件だ。

おまけに、もし今回の件の首謀者が政府から、あの単なるストーカーと思っていた元陸軍大将の男を中心と
した保安庁に変わったのであれば、連中があくまで自分に拘る一方で、ここまでとどめを刺されずに済んだ理
由にすら、答えが簡単に出る。
保安庁は自分を拘束さえすれば生死など問わないだろう。だが、恐らくあの男は別だ。何しろあの男は、自分
が陸軍に居た時からこの身に執着していたのだから。



『クッ……ククッ……道理で、分からぬ訳だ……』

トモモリは、何だか可笑しくなってきた。

首謀者が変わった上に、私欲と公益が入り乱れていては、全容を解明するのに時間がかかるはずだ。恐らく、
計画すら途中で変わったのだろう。これでは、時と共に、そして話を聞く相手によって方向性が四方に散るの
も当然だ。
きっと、あのストーカー男は己のみの真の目的を他の者に話してはいないだろう。あの男に近い者たちですら、
保安庁がテロに関与している疑惑のある財閥を潰すという程度の把握しかしていない可能性もある。

だが、これで矛盾点はほぼ消えた。恐らく、自分の推理はそう大きく間違ってはいないだろう。

そう考えると、つい先程届いたばかりのストーカーメールも、解釈の仕方によっては連中がそろそろ動き出すと
取れるかもしれない。

何しろ、あの男には自分がその腕の中に入る日が見えているのだろうから。





帝国の時代からソ連邦を経て、現在のロシアに至るまで、タイラノフは貴族から、軍人を多く輩出する家系へ
と変質を図ったことで生き延び、そこからさらに宗教界と癒着して影響力を高め、その後国営企業の経営を
経て民間財閥へと変貌を遂げた。それは、巧みな経営力と政治力という自画自賛も可能であるが、常に権
力におもねってきた結果とも言える。だが、それはつまり、一旦権力から疎まれれば、力の拠り所を失うという
ことだ。

タイラノフは、間違っていたのか。
もっと、別のやり方があったのか。何か、新しいやり方が。
だが、父祖はその時代に合わせてできるだけのことはしてきたのだろう。最善と思う道を選んできたのだろう。
だからこその繁栄だったはずだ。
であれば、仮に過去に戻れたとしても、きっと、あれ以上のことは為し得なかったに違いない。

結局のところ、繁栄も、またその衰退も、定め、ということだ。





「っ……」

トモモリは、小さく唸る声が聞こえて傍らに眠るマサオミを見下ろした。
眉間に皺を寄せ、微かに開いた唇が震える。

『マサオミ……?』

その額に静かに触れると、マサオミの肩がびくんとした。
悪い夢でも見ているのか。

『起きろ……マサオミ』

肩を少し揺らしてみたが起きない。ふと思いついて、マサオミの両手首を掴んで固定するとその唇を塞いだ。

「!…ふ……う……ん…っ……ん……?!うぅ……んんんっ?!」

意味不明な唸り声は、やがて驚愕の声に変わった。掴んだ両手首に抵抗する力が蘇り、マサオミは身体を
捩じらせようとした。
覚醒と、その後の予想された抵抗を封じ込めると、トモモリはそのままマサオミの口を押し開き、口腔内を乱し
た。最初は反発心を見せて舌を引っ込めたマサオミも、やがて大人しく舌を絡めてくる。
トモモリはその変化が愉しくて、微かに喉が鳴った。



「状況がさっぱり分かんねえよ……」
 
しばらくして、解放した唇からは不満の声が漏れる。

『目覚めの口付けの、何が悪い……?』
「つうか、何か……変な夢見てた気がすんだけど……お前のせいで色々ごっちゃになって、忘れちまった」
『夢など、忘れるものだろう?』
「まあ、そうだけどよ……夢と現実が途中でごっちゃになったっつうか、変な気分だぜ」

マサオミは、少し不満げに軽く頭を掻くと、天井を仰ぎ見る。

――思い出そうとでも、しているのだろうか。明らかに愉快な夢見とも思えなかったから、忘れさせてやったとい
うのに。
トモモリは涼しい顔をして、さりげなく今在る現実を伝えた。

『――それよりも、兄上、既に夜中の2時近いんだが?』
「げっ…俺1時間も寝ちまったのかっ?!」

マサオミはすぐさま、眠るには十分な広さの3人掛けの広いソファから上半身を起こした。

「もうここ出なきゃなんねえよな」
『一応、会社だからな。朝まで社長室に居ては、俺が仕事を押し付けられかねない』
「お前、ここの社長だろ……。まあ、とりあえず出ようぜ。ホテル取ってるって言ってたよな。そこ行って、で――」
『目が覚めたのだから、もう、眠る必要はないのだろう?』

マサオミは、口を開いたかと思うとハッとしたようにこちらを見る。

「おい、その手の誘導尋問には乗んねえぞ」

随分と警戒心が強い。
まあ、マサオミの邪推もあながち外れてはいないのだが。

トモモリは可笑しくなって、微かに笑った。





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