EPISODE 5 :


初めてトモモリと会った時、部下を3人も従えてリムジンの後部座席に座っていたから、大金持ちなんだろうと
思っていた。着いたところがセレブの町として世界的にも有名なビバリーヒルズの高級コンドミニアムだったから、
当然並みの外国人ビジネスマンではないと分かっていた。

だけど――単なる帰国のトモモリと違って入国審査を受けなきゃならない外国人の俺が、1人遅れてくぐり抜
けたゲートの先で見たその光景は、俺の認識がまだまだ甘かったことを物語っていた。

「マフィアのシンジケートじゃねえんだから……」
俺は思わず1人呟いた。

トモモリ自体は相変わらずだけど、その背後に5人も大の男が並んでいる。
さすが地元、アメリカの時よりさらに2人も増えてるじゃねえか、というつっこみはどうでもいいとして、明らかに近
寄り難い。そりゃそうだろう。ロシアの軍隊上がりみたいな屈強な男ばかりだし、なかには人命を守る側というよ
りは、むしろあんたが暗殺者だろうと言いたくなるような、冷酷な表情を浮かべた奴もいる。

トモモリ、悪い。俺このままUターンしてアメリカ帰るぜ……そう言いたくなった。

『マサオミ』

立ち止まって茫然としている俺に痺れを切らしたのか、トモモリが近づいてくる。あとの5人もくっついてきそうになっ
たが、トモモリは手でそれを軽く制して1人で近づいてきた。

『どうした。俺の背後が気になるか?あの連中は気にしなくていい。どうせ、英語など分からないからな……』
「気にするなって言ってもな……何だ、あれ?皆トモモリの部下なのか?」
『まあ……そうだな。会社の連中が2人に運転手と、ボディガードが2人だ』
「……。それは、お前が偉いからなのか?それとも、ロシアの治安が悪いのか?」
『クッ……まあ、どちらも当たらずも遠からず、か。とにかく、俺の傍に居れば何も起こらないさ』

――ていうか、お前の傍に居るからあんなマフィアみたいな連中に囲まれるんじゃないかと思ったが、それは言
わないでおいた。





トモモリの故郷、サンクトペテルブルクはキレイな街だった。
さすが帝政ロシア時代に首都だっただけあって、町並みは重厚で壮麗な中世のヨーロッパを思わせる。現在
もモスクワに続いてロシア第2の都市らしく、中心部は人通りも賑やかで活気があった。そんな中心部を車で
通り過ぎ、少し郊外に入ったところに、城とも呼べるような大邸宅が現れた。
トモモリの実家――ロシア有数の大財閥、タイラノフの本宅だ。

アメリカ人の俺までロシアに来ることになったお陰でヴィザを取得しなければならなくなり、結局トモモリの元に父
親危篤の連絡が届いてから、既に5日が経っていた。幸いこの5日間の間に容態の急変はなかったが、今は
意識がないのだという。だからこの日は病院ではなく、まずはトモモリの実家に挨拶に行くことになったのだ。

トモモリの実家に着いてみて、俺はここでの自分の立場というものを今更ながら実感させられた。
いや――実際には、俺の立場なのか、それともトモモリの兄、ウラジミールことシゲモリの立場なのかはよく分か
らない。とにかく俺の会う人間の全てが、それが使用人に至るまで、誰もが驚きと奇異の目を向けてくる。中に
はシゲモリが亡霊として蘇ったと勘違いして気を失う奴まで現れた。
トモモリがフリーウェイで俺を見掛けて、こうして拾ってくれた位だ。俺はその男に似ているのだろうとは分かってた。
だけど、連中の反応を見ていると、どうやら単に似ているだけでは済まされなくて、瓜2つに近い状態なのだと思
い知らされる。そして、シゲモリという人間のタイラノフでの存在の重さも――

「――何か……俺って逆効果じゃねえか?」

夜になってタイラノフの本宅からトモモリの家である市内の高級アパートに戻ると、俺は今日1日密かに思って
いたことを言った。
『逆効果……とは?』
「却って心臓に悪いんじゃねえかってこと。みんなの反応見れば分かるぜ。俺、亡霊と間違われる位似てるん
だろ?もしお前の親父さんの意識が戻って、俺を見たりしたら……」
『心臓が止まる、か?』
「や、洒落になんねえって」
『マサオミ……お前は、知らないだろうな。兄上が、どれだけわが一族にとって必要な存在であったか、その兄
上が亡くなって父上がどれだけ落胆したか、な。父上ならば、例え亡霊の兄上でも会いたいと思っているさ』
「……」

自分にはタイラノフという一族のことは分からない。その中の人間関係も、力関係も、そしてその過去も未来
も。だけれど、アメリカに居ればただの1人の男に過ぎない俺が、ここではそうではない。
この容姿のせいで、俺は本来自分と何の係わりもないはずの特別な存在に仕立て上げられそうになっていた。

『――まあ、さほど気にすることでもないさ。どうせ、すぐアメリカに戻る』

――ホント、このまま何事もなくアメリカに戻りてえよ。
そう願わずにはいられなかった。だが、既に俺の思いも懸けないところで、そして思いもよらない方向に運命の
歯車は回り始めていた。





翌日の昼過ぎ、俺はトモモリと親父さんの入院する病院へ行くことになった。
市内にある大病院の特別室と呼ばれる個室に、親父さんは居た。病室には、昨日タイラノフの邸宅で1度会っ
たトモモリの母親と、そして親父さんの弟が既に見舞っていた。

「貴方、ルーリックが来てくれましたよ」

トモモリの母親が優しい声で親父さんに話しかける。意識はなくても、こうやって何でも話しかけるのはどこの国
でも同じらしい。トモモリは父親に近づいて、その顔を見つめた。トモモリの横顔にちらりと視線を向けてみたが、
浮かぶ表情にあまり感情的なところはない。でもきっと、心は揺れ動いているに違いない。

『父上……只今戻りました』
トモモリは、何の反応も見せずに眠ったようにそこに横たわっている父親を静かに見下ろす。何の感情も表に見
せないところは、相変わらずトモモリらしい。だけど、久しぶりに会った自分の父親の変わり果てた姿をトモモリ
はどんな想いで見つめているのだろうと考えると、俺は居た堪れない思いがした。

『父上――眠っている場合ではありませんよ。兄上がいらしているのですから』

トモモリが親父さんに何かをロシア語で語りかけると、俺の方を振り返った。

――何だ?

『兄上。父上にお顔を見せてあげて下さい』
「え……トモモリ……?」

英語で話しかけられて漸く振り向いた理由を知った俺が、驚いてその名前を呼ぶと、何故かトモモリの母親と
叔父さんが、驚いたような顔をして俺を見た。そういえば、前にもこんな反応をされたことがあったような……

『遠慮せずともよいのです。相変わらず兄上は慎み深い』
「な……に言ってんだって……」

でも、このしんとした、妙な緊張感さえ漂う空気の中ではトモモリの言葉を断れそうにない。
俺はとりあえずトモモリの隣りに立って、親父さんを見た。トモモリが、掴んでいた親父さんの手を俺に託してく
る。
もうここまできたら仕方ない。俺が誰に似ているとかどうとかよりも、大事なことは病人を元気付けてあげること
だと思い直した。

「親父さん、目を開けろって。みんなすごく心配してるぜ。トモモリだって、ガラにもなく神妙になってるし……こ
のままじゃ、いけないだろ?みんな、親父さんが起きて声をかけてくれるのを待ってるんだぜ?」

当然ロシア語なんて分からないから、俺は英語で精一杯気持ちを込めて話しかける。
昨日タイラノフの邸宅に半日程居て分かったこと――それはこの親父さんの影響力がすごく強いということだ。
精神的な主柱といってもいい。俺にはタイラノフという財閥の中身なんてよく分からないけど、期待されていた
という後継者のシゲモリが早くに亡くなったことで、タイラノフには強力なまとめ役が必要だった。そして、今それ
はこの親父さんなのであって、後継者の死からまだ2年だというのにこの主柱を失うのは、タイラノフの誰にとって
も堪えることなのだと、俺は肌で感じていた。

「みんな、あんたを必要としてる。1日も早く回復してくれることを願ってる。だから、こんな所で寝てる訳にはい
かないんだ。まだまだ元気だろ?ボケるような年齢じゃないじゃないか。簡単に諦めちゃだめだ。なあ、早く、目
を覚ましてくれよ!」

何故だか、俺さえもタイラノフの一員になったような妙な気分になってきて、俺は親父さんに必死に語りかけた。

すると――握っていた手の指先が、微かに動いた気がした。

「え……?」

続いて、唇が微かに動き、やがて、僅かに目蓋が開かれた――

「あ、貴方!」
「何と……兄上!」

トモモリの母親と叔父さんがその様子に、一斉にベッドに近づいた。

親父さんは、目蓋を半分程開けると、俺の方を見る。

「あ……」

一瞬、まずい、と思った。手を握ってた相手がこんな赤の他人だと分かったら、がっかりだろう。
第一、俺は亡霊のように彼の息子、シゲモリに似ているのだ。せっかく目をあけたのに、亡霊を見たと思って、
驚愕のあまりまた意識を失ったらまずい。天国から迎えが来たなんて勘違いされたら、本当にやばい。

俺は握っていた手を離そうとした。――だけど、親父さんは病人とは思えない力強さで、その手を握り返して
きた。そして、何か言葉をかけようとしているのか、唇がまた動く。

「貴方、何か仰ってるの?!」

トモモリの母親が親父さんの唇に耳を寄せて、殆ど声にならない言葉を必死に聞き取ろうとしている。

「え……?何ですって……?」

俺はどうしたらいいのか分からなくて、ただ親父さんの手を握ったまま、その姿を見つめていた。
親父さんの目はずっとこちらを――俺を、見ていた。



暫くして、医者や看護婦が呼ばれてきたので俺達は病室を出た。

『やはり、お前は兄上だったな』
「もう勘弁してくれって。普段はともかく、今は洒落にならないぜ」
『よく分かっているじゃないか。――あの父上が、お前を兄上だと認めたのだから』

――親父さんは、俺をシゲモリと勘違いしたんだろうか?それとも他人だと分かった上で、それでも俺の中に
シゲモリと思える何かを見たんだろうか?
握り返してきたあの力強い手。あれは、赤の他人では有り得ないだろうと思えた――





『ククッ……実家では騒ぎになっているらしいぜ』
「は?騒ぎって、何かあったのか?」

その日の夜、トモモリのアパートで寛いでいると、電話で話をしていたトモモリが愉快そうに笑いながら戻ってき
た。

『暢気だな。騒ぎの元は兄上だというのに』
「俺か?今度は何だよ?」

そうでなくても、挨拶に行った日は家全体が騒然となってしまったのだ。もうこれ以上俺のことで騒ぐのは勘弁
して欲しい。

『やはりお前は、シゲモリ兄上の生まれ変わりなのだと』
「またそれか……。だから俺が似てるのは見かけだけだって」
『今日、病院で、お前の呼びかけで父上は目を覚ました、だろう?』
「……別に、あれはたまたまタイミングが合っただけだろ。トモモリがあのまま話しかけていたら、トモモリの声で目
を覚ましてたさ」
『さあ……覚まさなかったかもしれないぜ。お前でなければ、駄目だったかもしれない』
「そんなことねえって」

確かに、俺は親父さんの手のむくもりと、そして俺を真っ直ぐに見つめるあの目を忘れられずにいた。親父さん
は俺に何かを伝えようとしていたのだと、分かる。
それは何か?
分かるはずもない。だって俺はあくまでマサオミ・アリカワであって、ウラジミール・シゲモリ・タイラノフじゃないんだ
から――

「まあ……目を覚ましたんだし、いずれ分かるよな」

俺は1人小さく呟いて、窓の外を見た。
サンクトペテルブルグの夏の夜は、いつまでもいつまでも明るく、そして月の姿はまるで明るい空にかき消されそ
うになっていた。



親父さんが息を引き取ったのは、その翌日のことだった――





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